日蓮とその門弟 の商品レビュー
日蓮とその門弟に関する正統な学術書。ただし、日蓮が若き日に念仏に帰依していた点についての根拠が曖昧。絶版。知識の整理に便利。 ・南都戒律派の主たる外護者は御家人・地頭であるといわれるが、「殺生禁断」をその外護者に即して考えれば、地方領主の支配をいっそう貫徹させるもの、あるいはそ...
日蓮とその門弟に関する正統な学術書。ただし、日蓮が若き日に念仏に帰依していた点についての根拠が曖昧。絶版。知識の整理に便利。 ・南都戒律派の主たる外護者は御家人・地頭であるといわれるが、「殺生禁断」をその外護者に即して考えれば、地方領主の支配をいっそう貫徹させるもの、あるいはその地域の支配を正当化するものとしての機能をもっていたのではないだろうか。(P76) ・「現世安穏・後生善処」はあまりにいいふるされた言葉であるが、その祈念には、蒙古襲来の気配がふかまるなかにいた人びとの、不安とそこからの脱出の願いがこめられていたのである。(P85) ・臨終の相の重視(P88) ・日蓮=一門、親鸞=同朋。師弟か同行か。(P97) ・日蓮の教えを受け入れていく基盤には富木氏的クラス-きわめて少数であるけれども-と南条氏的クラスの二つを設定しなければならないのである。(P144) ・信心為本・専修法華はそこに到達した形では易行であるが、そこに到達するためには、すべてのものをきりすてねばならない。その意味では、これはきわめて難行であるといわねばならない。単純直截な易行の陰にきわめて意志的な宗教的態度があるのである。(P181) ・いうまでもなく、住持・院主・寺務・供僧の補任は、寺院の機能の提供を期待する宗教政策からおこなわれたものであるが、この傾向は文永・弘安期の蒙古調伏の祈願等によって促進された。(P207) ・熱原の農民信徒は日蓮の宗教を信奉した翌年に、難にあった。(P213) ・日蓮21歳の「戒体即身成仏義」により、21歳以前のある時期に念仏を棄てて法華経に帰依した。(P266) ・もとより、宗教の改革が復古的な形態をとりながら、その実、新たなる思想と行動を生み出すのは、宗教史に普遍的な事実である。(P267) ・日蓮の宗教が支配者の宗教でなく、被支配者の宗教であることは、もはや自明である。(P295)
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