医者ともあろうものが… の商品レビュー
” オ辰婆さんはシブトイ婆さんである。あと二、三日の命だと私が引導を渡してから、もう半月にもなるのに、まだ死なない。私の差しがねで親戚や一族郎党も集めたし、葬式の用意も万端ととのえてしまったのに、早いとこ死んでくれないと、医者として私は本当に困ってしまう。 婆さんはもともと茶...
” オ辰婆さんはシブトイ婆さんである。あと二、三日の命だと私が引導を渡してから、もう半月にもなるのに、まだ死なない。私の差しがねで親戚や一族郎党も集めたし、葬式の用意も万端ととのえてしまったのに、早いとこ死んでくれないと、医者として私は本当に困ってしまう。 婆さんはもともと茶目っ気がおおく、ヒトをヒトとも思わぬ女だった。この場に及んでも私を困らせて喜んでいる。” 本書冒頭の一節です。 昭和17年から那須高原でへき地医療に一生を捧げ、その傍ら医者向けの月刊誌 Scopeに30年以上にわたり短編小説の連載を続けた見川鯛山先生です。 僅か9坪の診療所を開き、軽四輪で、時に雪道を何時間も歩いて患者宅をめぐり、那須の住民と触れあった経験をもとに描かれたフィクションです。 一作僅か数ページの短編。そこに描かれている多くは冒頭のようなセンセ(著者)と那須の住民、特にジッチャ・バッチャとの漫才めいた掛け合いであり、土俗的な艶笑譚です。しかし時折、どす黒く悲惨な話、貧困、難病、偏見、自殺(一家心中)が混ぜ込まれています。 凄まじいほどの自然描写と住民たちに対する鯛山センセの暖かな眼差しが印象に残ります。 決して広く読まれているシリーズではありませんが、熱烈なファンを抱える作家さんでした(2005年没)。 先日自分のHPの「好きな日本人作家」を整理していて、突然見川センセの本が読み返したくなりました。 調べてみると意外に未読作品があります。既に絶版、入手が難しくなってきている本もあるので、早速本書と絶筆「見川鯛山これにて断筆」を購入しました。 この作品は既読のはずですが手元にありませんでした。読んでみると、いつもの鯛山センセです。めくる手が止まらず一気に読了。やはり何作か記憶にある作品がありました。 大好きなシリーズですがパターンは一緒です。「これにて断筆」は少し置いて読むことにします。
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