下村治 の商品レビュー
沢木耕太郎『危機の宰相』など下村治の評伝は何冊かあるが、本書は下村治の理論そのものに焦点を当てているのが特色だ。下村の著作はほとんどが絶版なので、下村理論を知るために貴重な評伝である。 下村は、処女作の『経済変動の乗数分析』において、ケインズの『有効需要』の理論だけでは、経済変...
沢木耕太郎『危機の宰相』など下村治の評伝は何冊かあるが、本書は下村治の理論そのものに焦点を当てているのが特色だ。下村の著作はほとんどが絶版なので、下村理論を知るために貴重な評伝である。 下村は、処女作の『経済変動の乗数分析』において、ケインズの『有効需要』の理論だけでは、経済変動の現実的な説明ができないとして、『有効産出』という概念を導入した。設備投資を回帰投資、感応投資、独立投資に分類し、それらが『有効産出』を作り出すと考えた。 50年代の後藤誉之助との在庫論争、60年代の都留重人、大来佐武郎たちとの成長論論争などを通じて下村理論は発展していった。下村は、需要と産出との国内均衡と経常収支がバランスの取れている国際均衡の同時的均衡が経済を安定化させると考えていた。高度成長期と石油危機以降の下村の考えは変わってなく、60年代の高度成長論と70年代以降のゼロ成長論は連続したものだと筆者は捉えている。 高度成長期には、急増する設備投資によって齎された超過供給に対して、需要が追いついており、需給の国内均衡が安定的に拡大均衡になっていた。またブレトン・ウッズ体制下で輸出の激増、それに対して原材料やエネルギーを低価格で輸入できており、国際均衡も安定して拡大均衡していると下村は考えていた。一方、70年代以降は、石油危機による石油価格の高騰によって国際均衡、国内均衡の両面で均衡条件が破れてしまい、経済成長を維持しながら経済運営は困難であり、縮小均衡にならざるをえないという考えに下村は到達していた。 下村は、高度成長期の印象から積極財政論者のイメージがあるが、晩年の下村は、石油危機以降のゼロ成長では、財政政策で経済を刺激しても民間需要の拡大が起こらずに、十分な税収増もない。そのため、財政は均衡しないと考えており、財政再建の必要性を訴えていたのが意外だった。(『日本経済の節度』1981年, 東洋経済新報社) 本書では、下村治が作り上げた理論の記述に部分に多くの紙面が割かれており、下村理論に焦点を当てた類書はないので、お薦め一冊である。 評点 8.5点 / 10点。
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下村治さんの評伝を読みました。非常に興味深い評伝でした。ただし、下村治さんに関する本を読んだのは、初めてではありません。最初に読んだのは、「山より大きな猪」です。残念ながら、内容に関する記憶はありません。「思い邪なし」も読みました。新聞記者出身らしく、非常に読みやすい伝記でした。...
下村治さんの評伝を読みました。非常に興味深い評伝でした。ただし、下村治さんに関する本を読んだのは、初めてではありません。最初に読んだのは、「山より大きな猪」です。残念ながら、内容に関する記憶はありません。「思い邪なし」も読みました。新聞記者出身らしく、非常に読みやすい伝記でした。読みやすいので、何度も繰り返し読みました。ただし、金森久雄さんとの関係を考えると、注意が必要だと感じた記憶があります。そして、一番興味深かったのは、「危機の宰相」です。この作品は、長い間、幻のノンフィクションでした。文芸春秋に掲載されましたが、単行本化されなかった本です。正直、質に問題があり、幻なんだろうと思っていました。役所の図書館の書庫で読んだ記憶があります。素晴らしい質の本でした。単行本化されたときも読みました。やはり、 素晴らしいと思いました。ただし、長い間、単行本化しなかった理由も分かりました。最初にシナリオを組み立てて、それに沿ったインタビューを組み込んだ露骨な手法を著者自身が嫌ったのだと思います。僕のような沢木元信者には、不満が残る作品かもしれませんが、下村さんを知りたい人にはお勧めです。この本は前記の本と大きく異なります。経済学者が書いた本なので、経済政策に踏み込んでいます。特に、戦後のインフレの問題は、非常に興味深かったです。図書館で読む本ではありません。再読の価値があります。
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