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支那絵画史 の商品レビュー

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2023/12/30

内藤湖南は世界に誇る京大支那学の礎を築いた碩学である。緻密な考証でも多くの成果を残したが、天才的な直観で物事の本質を掴み、スケールの大きな史観を組み立てる構想力を持った学者だった。その点で中国史の時代区分論はあまりに有名だが、忘れてはならない湖南の個性は、江戸生まれの豊かな漢籍の...

内藤湖南は世界に誇る京大支那学の礎を築いた碩学である。緻密な考証でも多くの成果を残したが、天才的な直観で物事の本質を掴み、スケールの大きな史観を組み立てる構想力を持った学者だった。その点で中国史の時代区分論はあまりに有名だが、忘れてはならない湖南の個性は、江戸生まれの豊かな漢籍の素養に裏打ちされた文人気質である。本書は湖南の大胆な構想力と洗練された文人趣味が共に顕著に表れた傑作だ。 四百頁を超える本書の内容はつまるところ「南画小論」に書きつけられた次の一文に要約されている。「支那の芸術史、殊に絵画史を極めて簡単に説明すれば、つまり長い間の支那の芸術の変遷は、結局南画といふものを形造る為に進み来りつゝあったと言ってよいと思ふ。」大向こうを唸らせるいかにも湖南らしい断定だが、湖南が持ち上げた南画とは「文人画」であり、宮廷召し抱えの職業画家ではなく、謂わば「素人」の手になる芸術だ。それは写実と技巧に対して心象を表現すること、即ち「客観」より「主観」に重きが置かれる。南画が詩、書、画の三位一体の芸術とされるのも、その担い手たる文人階級の世界観と芸術観を色濃く反映している。 解説でも指摘されているように、本書は今日の研究水準からは乗り越えられた部分も多い。南画の評価には多分に湖南自身の文人趣味が反映してもいるだろう。だが政治的には堕落と混乱を極めた民国中国が、にもかかわらず芸術において世界の文化を先導し得ると夢想した湖南が抱いた中国への醒めた諦念と慈愛に満ちた希望が滲む貴重な歴史的ドキュメントである。 一点補足するなら湖南の南画への肩入れは、明治の日本美術界がフェノロサの影響もあって、狩野派のようなどちらかと言えばバタ臭い日本画を重視し、枯れた味わいの南画を不当に貶価したことへの反発がある。と同時に印象派から表現主義へと西洋美術の潮流が主観性の表出に傾斜していくのに呼応して、南画を受け入れる素地が広まっていたことも大きい。湖南に言わせれば、文化的には「田舎者」に過ぎない西洋や日本がようやく中国に追いついたということかも知れないが、本書は大正期のこうした南画再興の機運と軌を一にしている。湖南とて時代の子であることを免れないというべきか。

Posted byブクログ