宗教とは何か の商品レビュー
『宗教とは何か』は、京都学派を代表する哲学者・西谷啓治が、近代という時代において宗教が持ちうる意味を根本から問い直した著作です。この本は、単なる宗教学の研究書ではなく、現代人の精神的な状況そのものを深く掘り下げる哲学的探究となっています。 西谷の議論の出発点は、現代社会が直面して...
『宗教とは何か』は、京都学派を代表する哲学者・西谷啓治が、近代という時代において宗教が持ちうる意味を根本から問い直した著作です。この本は、単なる宗教学の研究書ではなく、現代人の精神的な状況そのものを深く掘り下げる哲学的探究となっています。 西谷の議論の出発点は、現代社会が直面している「虚無」の問題です。科学技術の発達や合理的思考の浸透により、従来の宗教的な世界観は大きく揺らいでいます。しかし西谷によれば、この「虚無」の経験こそが、かえって宗教の本質的な意味を理解する鍵となるのです。 例えば、私たちが「人生の意味とは何か」と問うとき、その問いの根底には既に一種の虚無が顔を覗かせています。なぜなら、その問いは、自明だと思っていた意味が揺らぎ始めたときにこそ切実なものとなるからです。西谷は、このような実存的な問いを手がかりに、宗教の本質へと迫っていきます。 本書で特に重要なのは、「空」の概念についての独自の解釈です。仏教で説かれる「空」を、西谷は単なる否定的な概念としてではなく、より根源的な実在性への開けとして理解します。例えば、コップが「空」であるということは、それが何かを受け入れる可能性に開かれているということです。同様に、人間の存在における「空」も、より深い実在性への開かれとして理解されるのです。 西谷の分析で印象的なのは、近代的な主観-客観の図式を超えようとする姿勢です。科学的な思考では、世界は認識する主観と認識される客観に分割されます。しかし宗教的な経験、特に禅などの東洋的な伝統では、そのような分割以前の直接的な実在との出会いが重視されます。西谷は、この「主客未分」の次元こそが、宗教の本質的な場所だと考えるのです。 また、本書では「ニヒリズム」についての独創的な解釈も展開されます。西谷によれば、ニヒリズムは単に克服すべき否定的な事態ではありません。それは、より深い宗教的真理への通路となりうるものなのです。なぜなら、徹底的な虚無の体験を通じてこそ、私たちは通常の価値観や世界理解を超えた次元へと開かれていく可能性があるからです。 本書の現代的な意義は、科学技術の発達やグローバル化が進む中で、改めて問われている「宗教とは何か」という問いに、深い洞察を提供している点にあります。西谷は、従来の宗教的な枠組みにとらわれることなく、現代人の実存的な経験に即して宗教の本質を問い直そうとします。 西谷の文体は時として難解ですが、それは扱っているテーマの本質的な深さを反映しています。彼は、言葉では表現しきれない体験や真理について語ろうとする際の、言語の限界と可能性を自覚的に探っているのです。 この本は、単に宗教に関心を持つ読者だけでなく、現代における人間の存在や真理の問題について考えたい人にとっても、重要な示唆を与えてくれる著作です。それは、科学的な世界観と宗教的な真理がどのように関係しうるのか、という現代的な課題についても、新しい視座を提供してくれているのです。
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