日本のアウトサイダー の商品レビュー
考えるヒントからのリファレンス。奇しくもなんら系統だてて手にした訳ではなかった「間抜けの構造」からのリファレンス「アウトサイダー」を受けた、1965年の一冊。 中原中也、萩原朔太郎、三好達治などを日本のアウトサイダーと位置づけ分析している。 しかし、コリン・ウィルソンのアウトサ...
考えるヒントからのリファレンス。奇しくもなんら系統だてて手にした訳ではなかった「間抜けの構造」からのリファレンス「アウトサイダー」を受けた、1965年の一冊。 中原中也、萩原朔太郎、三好達治などを日本のアウトサイダーと位置づけ分析している。 しかし、コリン・ウィルソンのアウトサイダーに対峙する内容としては随分偏った、薄弱な印象を否めない。何故、明治期に限定なのか。 そして、そこを起算点とするならば、コリン・ウィルソンが提示する「自分自身にナイフを突きつけた」者としてのアウトサイダーの定義は中らないと考えることもできてしまう。 むしろ、荻生徂徠などの江戸時期、泰然とした体制のなかにあって自身の使命を追わざるを得なかった「異質」。そしてその悲しみを取上げるべきでなかったかと首をかしげてしまう感は拭いきれなかった。 本書によれば、日本でアウトサイダーは成立しないことを筆致しているともとれる。全然、そんなことはないと思う。コリン・ウィルソンの提示したアウトサイダーは、あなたの隣にこそ居る。体制との相対ではなく、絶対的な憂いのもとで悲しげな微笑みを煌めかせながら。
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