知らない町角 の商品レビュー
和田誠は多才な人である。世の中には多くの才能に恵まれている人がいるものだが、彼もその一人であるのはまちがいない。ところで、多芸多才な人には、得てしてこれ見よがしなところがある。不必要に出しゃばる嫌いがあるのだ。和田誠の不思議なところは、これほど多方面に活躍していながら、そういった...
和田誠は多才な人である。世の中には多くの才能に恵まれている人がいるものだが、彼もその一人であるのはまちがいない。ところで、多芸多才な人には、得てしてこれ見よがしなところがある。不必要に出しゃばる嫌いがあるのだ。和田誠の不思議なところは、これほど多方面に活躍していながら、そういった気配がまるでない。何をするときも、きわめて自然に事が運ばれて、まるではじめからそうなるように決まっていたかのようにおさまるべきところにおさまっている。『麻雀放浪記』を見終えて、これが映画初監督の仕事か、と心底驚いたものだが、完成度の高さが彼の仕事ぶりを自然体に見せているのである。 映画作りは、共同作業である。いい映画を作るには、監督一人がいくらがんばっても限界がある。初監督映画が傑作であり得たのは、監督になるまでの映画体験と持ち前の批評眼が生きていることは言うまでもないが、周りにいい仲間をたくさん持っている彼の人柄も無視できないだろう。真田広之とのコンビが目立つが、真田を買う理由に演技力や研究熱心な態度と共に人柄を挙げているのは興味深い。多くの人間が集まって一つの物を作り上げるときには、場の雰囲気を壊す役者は、いくら上手くても作品の出来にいい影響を与えることはできないというのがその理由だ。 『知らない町角』には、これまでに書かれた比較的短い文章が集められている。その内訳は、気になることや、これまでの仕事について、また、自分の仕事仲間のこと、音楽、映画のことなどに分かれている。和田誠と言えば、線描のイラストレーションをすぐに思い出すが、このスタイルに至るまでの筆記用具の変遷について触れた「仕事の道具」をはじめとして、どの文章にも、人との出会いがさりげなく書かれている。和田誠のイラストの良さは、洒落た都会的なセンスとどこからともなくにじみ出てくるヒューモアだと思うのだが、文章を読んでいてもそれが感じられるのが楽しい。 黒澤映画の中で最も好きな作品として『椿三十郎』を挙げているのだが、ほかの作品でなく、この作品を選んでいるところが、いかにも和田誠らしくてうれしくなった。実は私自身もこの作品に流れるおっとりとしたユーモア感覚をことのほか買う者だからである。一般に『椿三十郎』は『用心棒』の続編と考えられがちだが、この二作は別種の映画であるという和田の指摘は新鮮であった。何度見ても『椿三十郎』の方が楽しめると、常々感じていた者としては、我が意を得たりという気分である。自分の好きな作品を、これもまた自分が好きな人が好きだと言ってくれることは何よりうれしいものだ。 フランク・シナトラ主演の映画について触れた「ダニー・オーシャン」の中で、「ぼくはオーシャンの着こなしを真似しようとしたが、体形的に無理があった。しかし映画全体に流れるお洒落感覚は学んだと思う。もう一つは仲間を作ることの楽しさで、これには大いに影響を受けた。リーダーになろうとはしなかったけれど、デザイン界、イラストレーション界にこだわらず、いい仲間に恵まれた。その点でぼくはいつまでもオーシャンを引きずっているのである。」と書いている。 『オーシャンと11人の仲間』という映画自体は、たいした映画ではない。かつて見たことは覚えているが、『西部戦線異状なし』の名匠ルイス・マイルストンが監督していることさえ知らなかった。しかし、見る側の見方によって、後の自分を作ることになる二つの大事な要素を得ることもできるのだ。「お洒落感覚」と「仲間を作ることの楽しさ」、どちらもなかなか手に入れようとして手に入れることの難しいものである。人が映画を選ぶばかりではない。映画もまた、人を選んでいるのだ。
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