他自律 の商品レビュー
「多文化主義」が偽装された単一文化主義だ、とか民主主義は民主主義に属さない者たちのために、尽くしつづける不断のプロセスとしてあらねばならない、とか主張はもっともで納得するんだけど、彼が言う複数の多文化主義とか民主主義を可能にするためにどうしたらいいのか、とかはほとんど語られないの...
「多文化主義」が偽装された単一文化主義だ、とか民主主義は民主主義に属さない者たちのために、尽くしつづける不断のプロセスとしてあらねばならない、とか主張はもっともで納得するんだけど、彼が言う複数の多文化主義とか民主主義を可能にするためにどうしたらいいのか、とかはほとんど語られないのが残念。 いちばん面白かったのは自律は他律でしかありえないという議論かな。 以下メモ。 64頁 諸々の多文化主義。これはすなわち、すべての文化の歴史的かつ構造的なア・プリオリが文化の多数化であるとすれば、ただ単に一つの多文化主義が存在しうるということだけでなく、多くの多文化主義が存在するのでなければならないということである。数えることができ、規範化することができ、統御することができるよりも多くの文化が存在しなければならず、したがってすべての文化を貫いて私たちがいまなお文化と呼んでいるより以上のものが存在しうるのでなければならない。 73頁 自律、自己決定、自己生産といった原理の普遍化、つまり個人的であり社会的である労働という原理の普遍化は、その政治的そして社会‐経済的な実践において、同時に特定の利害関心の――それもその担い手であるはずの人間の手からどんどん引きはがされていくことになった利害関心の、すなわち資本の利害関心の普遍化でもあった。 93頁 自由の特異性は自由の一般概念という限界に突き当たらざるをえないのではないか 97頁 尊厳の前では、価値づけや測定の試みはすべて失敗に帰する。なぜなら、そうした行為は尊厳において初めて生じてくるものだからである。この尊厳と、尊厳に対応する尊敬を与えられるのは、自らが自身に与える法則以外のいかなる法則にも従わない存在者、それゆえにこそ自律的と呼ぶことのできる存在者だけである。 99頁 仮に自己がすでに自己であるとしたら、自己は与えられたものであることになってしまい、自己に対して自由に関係することはできなくなってしまう。 自己の自由はまだ与えられていないものを付与することにのみ存しているのであり、この付与の可能性は、これまた自己の他者性に存している。すなわち、与えるものとして、自己はいつでも、他者としての自らに送り返されてしまっているのであり、自己の贈与はこの他者に向けられている 100頁 自律とは、カントがこの概念に結び付けなかった意味において、そのまま直ちに他律である。とはいえそれは、自由意志が客体に寄せる「感受的な」利害関心という自然法則ではなく、他者の自由という法則付与である。自己は、自らの行為の普遍化可能性という格率を通じて、自らの法則付与において、この他者に対して責任を負う。 102頁 私を自由なものとして考えるために、私は次のように想定しなければならない。すなわち、私が他者を客体として認識し、評価することができるより前に、私が他者と、他者たちと自由においてともにあるのだ、と。しかしこの自由は私たちの唯一の共同性であり、この共同性は一つの状態ではなく、共同体化という実践的出来事なのであって、前もって与えられた規定に従うことのできない社会化なのである。 111頁 民主主義には、それが民主主義の名に値するものであるならば、弁護士、代弁者が存在しなければならない。つまり、等価性に従った単なる量的な代表には共約不可能な要求のために、しかもなおこの代表ということにおいて、与えられた声の彼方にある声が告示されねばならない。 115頁 自律の民主主義は、民主主義より前の民主主義でしかありえず、民主主義化のための民主主義でしかありえない 130頁 カントにとって尊敬とは、「自らに働きかける感情」であり、しかもそれは私の「自己愛を挫折させる」したがってそれは〈自己触発であるとともに直ちに他者触発〉であり、〈他者‐としての‐自己の触発〉であり、それゆえつねに、自己に還元できない他者に対する尊敬なのである 152頁 〈あらゆるもの一つ一つをそのあるがまま、ありうるがままに尊敬せよ〉という要求は、次のことを意味する。すなわち、〈あらゆるものを常に他者として尊敬せよ、ただしその形式という幻影的な統一性においてではなく、その諸々の可能性において、その多数性において尊敬せよ、それも一つの規則に従ってではなく、それを規制することの原理的な不可能性において尊敬せよ〉ということである
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[ 内容 ] 戦争のスペクタクル化とテロリストの鏡像化。 デリダの盟友が、「9・11」前後の西洋社会、とりわけアメリカにおける政治的暴力の動態をつぶさに分析する。 日本語版オリジナル編集。 [ 目次 ] 「戦争」・「テロリズム」・「スペクタクル」―タワーと洞窟について 破壊と拡...
[ 内容 ] 戦争のスペクタクル化とテロリストの鏡像化。 デリダの盟友が、「9・11」前後の西洋社会、とりわけアメリカにおける政治的暴力の動態をつぶさに分析する。 日本語版オリジナル編集。 [ 目次 ] 「戦争」・「テロリズム」・「スペクタクル」―タワーと洞窟について 破壊と拡散―権力の二様相 戦時 戦争と死に関する同時代的なもの(ジークムント・フロイト) [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]
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