日本常民生活絵引き 全五巻 の商品レビュー
何故この本を見つけたかと云うと、北方謙三のエッセイを読んだからである。ずっと現代のハードボイルドを描いていた北方は歴史物を描こうと思っていた。それで、何度となく網野善彦の指導を得ようとする。その時に網野善彦が勧めた本がこれだというのである。その時代の生きた庶民を描きたいと願ってい...
何故この本を見つけたかと云うと、北方謙三のエッセイを読んだからである。ずっと現代のハードボイルドを描いていた北方は歴史物を描こうと思っていた。それで、何度となく網野善彦の指導を得ようとする。その時に網野善彦が勧めた本がこれだというのである。その時代の生きた庶民を描きたいと願っていた著者に、小説を描くならば歴史の研究書よりもこういう本が適切だと思ったのである。実際、かなり参考になったらしい。その北方謙三の小説を読んで、かなり刺激を受けている私がこの本を紐解かない訳がない。結果、恐ろしく参考になった。 実物は総索引付きの全六冊揃え、定価24000円(84年当時、現在は31546円)の高価な書物なので、図書館で一巻のみ借りた。しかし一読、それだけの価値がある本だと思った。戦前から刊行が企画され、1966年に初めて日の目をみたという労作である。コピーがままならなかった当時として、掲載の絵は模写である。最初の準備は1940年。最初の会合は1955年。毎月開かれた。よってカラーではない。一つひとつは類別され、番号が付された。原文は宮本常一が書いて、研究所で検討された。発刊を待つことなく、企画を発案、指導した渋沢敬三は1963年に死去する。 この巻に載せられているのはほとんど12世紀末に描かれた人々の姿である。 例えば「信貴山縁起」で、尼が村の人たちに弟の消息をたずねている場面。尼の従者はO字脚である。「うつむいてする作業の多いこと、座業の慣習、重い荷の運搬など、重労働がそれを生んだものであろう」と宮本常一は書く。老人の杖の首には横木、杖の尾がまたになっている。(現代流行りの福祉用の杖を想起する)この時代も流行っていたらしい。よぼよぼの老人が多くいたことを物語るだろう。赤ちゃんは裸が多い。母親も素肌。子どもはふんどしをしている。この辺りは現代とは違う。 94Pでは「草屋根」として、建築技術の検討を行っている。棟(むね)、破風(はふ)、草葺き、垂木(たるき)、板庇(いたびさし)など入母屋造りの屋根を説明して「今日と大差がない」と評する。800年近く、建築技術の革新が必要なかった、当時の技術がとても興味深い。 その隣の95P、長者の家でお歯黒を塗った女の驚いている有名な絵にも色んな情報が隠されている。炭で囲炉裏を燃やす。そのそばには食器棚まであるのである。 「北野天神縁起」には「泣く人」が描かれている。当時の絵師は当たり前のことを描いたつもりかもしれないが、民俗資料として見ると、手の甲を鼻に当て水洟をすする動作がこの頃から一般的だったことが分かる。天を仰いで手放しで泣くのも今日も見る。(しかし、だんだん見るのは稀になった)頭に手を置いて泣くのは、現代ではあまり見られない。土に伏して泣くのも今はない。 その他、さまざまなことが描かれた。私は宮本常一の新書普及版があることを知った。これは早速買い求めた。この全集も今、買おうかどうか、大いに迷っている。
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