「私の手は母を殺めるためにあったのか」と男は泣いた の商品レビュー
週刊誌の記事なんて、まともな取材もせずに憶測だけで書いた下劣な文章。 それが私を含め多くの人の見方であろう。 「雑誌」なのだから雑多な題材を面白く扱うのはよい。だが、取材方法が「雑」で表層的な偏見の域を出なかったり、ましてや事実とは異なる記事が少なくない気がする。 ...
週刊誌の記事なんて、まともな取材もせずに憶測だけで書いた下劣な文章。 それが私を含め多くの人の見方であろう。 「雑誌」なのだから雑多な題材を面白く扱うのはよい。だが、取材方法が「雑」で表層的な偏見の域を出なかったり、ましてや事実とは異なる記事が少なくない気がする。 あれ、意外にそうじゃないのもあるじゃない。本書の中には丁寧な取材とじっくり考え抜かれた、週刊誌の記事らしからぬ、小さな物語といってよい文章が19本収められている。元々は『週刊ポスト』の連載記事からのセレクトだ。 『「私の手は母を殺めるためにあったのか」と男は泣いた』 という長い書名は、中刷り広告か3時間ドラマのタイトルみたいで、週刊誌らしいまんまではある。 しかし、この『「私の手は・・・』の表題となった第2章などは、中身を読んでみるとまったく「らしく」はない。 生活保護からも介護保険からも保護の手が届かなかった86歳の母親と54歳の長男。長男が実母を殺害した「承諾殺人事件」を、著者は極めて丹念に取材し、丁寧に考察する。現場は京都。考察の中で著者は森鴎外がやはり承諾殺人をテーマに描いた『高瀬舟』に触れる。鴎外が舞台にしたのも鴨川と平行して流れる高瀬川だった。さらに、著者は『高瀬舟』の元本が、京都町奉行所の与力が記した「翁草」なる見聞記であったことまで紹介ている。文学史的に「へぇ~」だね。 別の章では、 「人は才能の前に頭を下げない、根気の前に頭を下げる」という夏目漱石の箴言も紹介されている。著者の根気強い取材姿勢には、私も頭を下げたい。 第七章「大臣はなぜ死んだか」では、松岡農水大臣の自殺の背景に真摯に迫っていて、これも週刊誌「らしく」はない。 大臣の地元は、「人の腰までずぶっと沈んでしまう」阿蘇山麓の稲作不毛地帯。そこで培われた農政改革への情熱は嘘でなかったことに行き当たる。だが、情熱は農水省の局次長に灰皿を投げつけ、同僚議員には「落選させてやる」と恫喝させる行き過ぎももたらす。清と濁、功と罪をきちんと調べ上げ丁寧な物語に仕上げて見事である。 縦型に長い装丁はまるで新書だが、小学館には新書はない。ここも外見が実態を裏切っている。 「らしくない」魅力に溢れる本書ではあるが、残念なことに正直言って「面白くはない」。話の面白さは週刊誌らしい週刊誌の真骨頂だろうが、らしくない丁寧な手法に従っても、あと一歩、意外性や共感を呼ぶ物語の練り上げがほしいと思う。 ということで、☆四つです。残念!
Posted by
- 1