あさえとちいさいいもうと の商品レビュー
自分が姉で、妹がいたらとんでもなく世界にのめり込んでいただろう。 そうでなくても、緊迫感と、子どもの身長に合わせた視点や子どもの視界の広さに合わせた画角で、没入感はとびきり。 そして引きの画角は緊張感と孤独感。子どもにとって世界がいかに広いのかがわかる。 表紙は本文中の、本文に...
自分が姉で、妹がいたらとんでもなく世界にのめり込んでいただろう。 そうでなくても、緊迫感と、子どもの身長に合わせた視点や子どもの視界の広さに合わせた画角で、没入感はとびきり。 そして引きの画角は緊張感と孤独感。子どもにとって世界がいかに広いのかがわかる。 表紙は本文中の、本文には文章だけで表されているワンシーン。 姉妹の愛情とこれから紡がれていく絆を深く感じた。 そして背表紙の絵には嬉しい救いがありますよ。
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これはハラハラするね。 発表当時の1979年よりも、現在のほうがハラハラ度が増しているかも。 最後のページ、言葉はいらないね。
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「はじめてのおつかい」で有名な筒井先生、林先生ペアの作品。常に子供の視点で描かれるあさえの心の動きに、自分も子供になって一緒にあやちゃんを探し回ってるような気持ちになります。妹のあやちゃんの可愛さは天元突破。今は下手したら児相案件だけど、昔はこれ位普通で、日常に小さな冒険がたくさんあったよなーと思いました。 実は子供の頃はリアル過ぎてあまり好きではなかったのですが、親になってから気付く圧倒的描写力。子供の可愛さ、柔らかさをこんな見事に再現できてる方、他にいないのでは。 筒井先生のストーリーは、主人公が窮地に追い込まれたり、展開がかなりドラマチックなんですよね。児童書にドラマ的展開を持ち込んだのは筒井先生ではと疑ってるんですが、どうかしら
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5y7m じいじに読み聞かせてもらう。実家の納戸から出てきた絵本。園で読み聞かせてもらっていたのか、既に知っていた。
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お姉ちゃんのあさえと妹、あやちゃんお話。 妹を探す場面。 あさえお姉ちゃんになり切り気持ちを声に乗せる。 教室はシーンとなり、みんなが物語に入り込む(願う)。 低学年、小さな妹や弟がいる子にもおすすめ。 ★引用 あさえは ぱっとかけだしました。 「どうしよう! あやちゃんだったら どうしよう!」 むねが はげしく なりました。
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4歳児に読み聞かせたら、どっぷりお姉ちゃんのあさえに入り込み、ハラハラドキドキして、最後は「あーよかったー。」と言ってました。 小さい子を心配するちょっとだけ大きい、まだまだ子どものあさえが、本当に愛おしくなって、抱きしめたくなります。いい絵本。
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「はじめてのおつかい」以来、3年ぶりとなる、筒井頼子さんと林明子さんのコンビによる絵本は1979年作ということもあり、しつけと称してお父さんが子どもを無理矢理引きずっていたりと、当時の普通と思われそうな価値観に驚かされる場面もあったものの、それでも本編とは関係ない、今の時代にも...
「はじめてのおつかい」以来、3年ぶりとなる、筒井頼子さんと林明子さんのコンビによる絵本は1979年作ということもあり、しつけと称してお父さんが子どもを無理矢理引きずっていたりと、当時の普通と思われそうな価値観に驚かされる場面もあったものの、それでも本編とは関係ない、今の時代にも共通した姉妹の絆のひとつのあり方を教えてくれることには、何ら変わらないものがあった。 姉妹の絵本といえば、シャーロット・ゾロトウの「ねえさんといもうと」を思い出し、そこでは姉から学んだことを妹が恩返しするような妹寄りの視点であったが、本書の場合、妹を心配する完全な姉の視点で展開される点に全く違った趣がある。 家の前で遊んでいる姉の「あさえ」に、お母さんは、妹の「あや」が起きる前に帰って来るからと言って出かけて行ったものの、しばらくするとあやちゃんの泣き声が聞こえ、あさえは一緒に遊ぶことにしたが、その過程に於いて、あやはいなくなってしまい、実際に妹のいる方からしたら他人事とは思えないような「どうしよう」といった後悔感が、きっと読んでいて募るのだろうと思う。 林明子さんの人懐こい柔らかいタッチの絵は、時にあさえの慌てている様子をさり気なく描きつつも、その躍動感ある姿には読み手の胸の動悸も早くなりそうな緊迫感がある中、終盤の青く描かれた鳩には平和や幸せの象徴を感じられたりと、あさえにとっての幸せとは何かというのを、様々なものを借りて写し取っているのが印象深く、そうした温かさは、最後の姉妹の姿を後ろから見ている絵から裏表紙に繋がる構成からも感じられながら、あさえの住む町の地図がしっかりと設定されている世界観の確かさにも、より現実味が増すようで微笑ましい気持ちとなる。 そして、それは筒井頼子さんの文章も同様であり、あやちゃんの泣き声がしたら、あさえは飛んでいってドアを開け、あやちゃんの手を引いているときに、その手がとても小さくてやわらかいことを感じたときは、『ずんと せが のびて、おおきくなったような きもちでした』と、子どもの手のやわらかさはほんの少し年齢が違うだけで、同じようでも全く違うことを教えてくれると共に、なんて責任感の強い子なのだろうと思い、確かにあやがいなくなったのは、あさえが下を向いたまま夢中で道路に絵を描いていたからなんだけれども、それも元を正せば『あやちゃんを うんと よろこばせたかった』気持ちが強かったからであり、そうした思いをきっとあやも本能的に感じているであろうことは、表紙の絵の、靴を履かせてあげている姉の左腕をそっと掴んでいる妹の、理屈では無い揺るぎない信頼感が何よりもそれを証明しているのである。
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あやちゃんがいなくなったところが どきどきしてこわかった。さいご公園であやちゃんにあえてよかったです。
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お姉ちゃんの妹をかわいがる様子,いなくなって探す時の不安な気持ち,見つかった時の嬉しさ安堵感など気持ちが伝わってくる.
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