うさぎが鬼に会いにいく の商品レビュー
田嶋先生のところを読みたくて、図書館で借りた本。 田嶋先生は、最後に菩薩扱い。それは良い。 そのほかもさっと読んでみたが、この人の本を読むといつも感じることをまた感じた ―最初は珍しくておもしろいが、だんだん気持ち悪く嫌悪感で満たされて、エネルギーが失われたように感じる― 以...
田嶋先生のところを読みたくて、図書館で借りた本。 田嶋先生は、最後に菩薩扱い。それは良い。 そのほかもさっと読んでみたが、この人の本を読むといつも感じることをまた感じた ―最初は珍しくておもしろいが、だんだん気持ち悪く嫌悪感で満たされて、エネルギーが失われたように感じる― 以下、抜粋 ーーーーーーーーーーー 【田嶋陽子】 ・男は「承認されるナルシズム」から抜け切れず、 女は「自己犠牲のなるシムズ」から抜けられない <理想> ・男女が互いに相手を承認し合い、支え合い、尽くしあう 【マツコ・デラックス】 「自分」という存在が、他者に捧げる際限のない供え物となる。だから、苦しい。わけもわからず追い詰められて、自分がどんどん削り取られていく、肉体的にも、精神的にも。 【鈴木啓之】 ・自分の中の何か恐ろしいものに追い詰められ、祈りの言葉も作法も宛先も持たない人々は、自らを救おうとして他者を殺める。 ・神とは自己救済力(自分で自分を救済するー人間の力強い生命力を) ・誰にも理解されなくても、神がわたしの心を知っている、という心強さ。 ・ねえ、誰か助けて。「もういいよ」って誰が言って。そしたら、私は成仏できるのに。
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中村うさぎって、ふざけたブランド物を買い漁るダメ人間みたいなエッセイしか読んだことなかったんだけれども。 やっぱりこの人は作家や、物書きだ!と思えた作品。 鬼(犯罪者から奇人変人)へのインタビューからおこした本です、興味深い。うさぎさんサブカルすきねえw
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筆者が鬼と呼ぶ人たちへのインタビュー録と後日談。 共感できないものも、論理矛盾しているように感じる部分もあるが、まぁ絶対接しないような人たちの考えを知れるというのは面白いのかも。 ロス疑惑の当時の世の中やロス疑惑そのものに関する意見は面白かった。
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もう少し「鬼」たちのことが知りたかったかなー。うさぎさんは自分の意見というものを持っているので、自分なりの分析が面白いけど、少々押しつけみたいに聞こえるところがあるのかな、と。でも彼女の文章は嫌いじゃないです。
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世の中にはいろんな人がいるんだな~って感じ。 マツコ・デラックスがでてたから手にとったけど、死体写真家とか、ヤクザから牧師になった人とか知らない世界の話が興味深かった。
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対談相手の人選が素晴らしい。 是非とも話を聞いてみたいと思わずにはいられない方々だ。 ただ、個人的にはとても残念だった。 というのも、内容の8~9割が「中村うさぎの自分語り」だったからだ。 私がこの本に期待していたのは、 「インタビュアーとしての中村うさぎと対談相手の話」。 ...
対談相手の人選が素晴らしい。 是非とも話を聞いてみたいと思わずにはいられない方々だ。 ただ、個人的にはとても残念だった。 というのも、内容の8~9割が「中村うさぎの自分語り」だったからだ。 私がこの本に期待していたのは、 「インタビュアーとしての中村うさぎと対談相手の話」。 つまり、彼女の洞察力と分析力、そして怯まぬ度胸をもって、 彼らが抱える思想なり闇なり光なりを白日の下にひっぱりだす、 または翻訳してくれるということだった。 しかし実際の本の内容は、 「彼らに会った中村うさぎの自分語り」。 彼女の視点は面白いと思うものがあるし、 相手にくってかかる姿勢はさすがとも思うのだけれど、 何ぶん客観的記述があまりにも少なすぎる。 もっと彼らの発言や描写があって、その上で彼女の断定的な分析や 独白が展開されていたならまた違っていたと思うけれど、 彼らの発言内容があまりにも少なすぎるために、 彼らの言葉やバックグラウンドが、中村うさぎが中村うさぎを語るための 導入でしかなくなってしまっている。 もったいないなあ。 私はもっと彼らの話を聞きたかった。 そもそも企画の骨子がインタビューではなく、「中村うさぎ」だったのかもしれない。 【メモ:対談相手】 佐川一政(パリ人肉事件) 植垣康博(連合赤軍) 三浦和義(ロス疑惑) 岡留安則(元『噂の眞相』編集長・発行人) 釣崎清隆(死体専門写真家) 鈴木邦男(新右翼団体「一水会」最高顧問) バクシーシ山下(AV監督) 日野日出志(ホラー漫画家) マツコ・デラックス(女装) 田嶋陽子(女性学者) 鈴木啓之(ヤクザのち牧師)
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私は漫画家さんが一番共感得たかなぁ。 大学の卒業制作で、 「奇形の人たち」の中に自分を織り交ぜた絵を描きました。 それを思い出しました。 小学校のころ、図書室の入り口に、障害を持った人の本が置いてあって、表紙に手がなくて足がひどく短い赤ちゃんが、看護婦さんと一緒に笑っている...
私は漫画家さんが一番共感得たかなぁ。 大学の卒業制作で、 「奇形の人たち」の中に自分を織り交ぜた絵を描きました。 それを思い出しました。 小学校のころ、図書室の入り口に、障害を持った人の本が置いてあって、表紙に手がなくて足がひどく短い赤ちゃんが、看護婦さんと一緒に笑っている表紙だったんですが、 私はそれを何年も直視できずにいたんです。 高学年になり、 「それじゃいけない。」って、何がいけないのかわからないけど、勇気を振り絞ってその本を見てみた。 何のことはない。障害を持った人がどんな風に生活しているかって本だった。 わからないことが、怖かったのだと思う。 私にはちゃんと腕もあり、太くていやだと常日頃思っているけどちゃんと足もある。でも、わたしは、毎日笑えないようなことばっかりあって、あんな障害を持っているのににこにこしている赤ちゃんが、分からなかった。わたしじゃ笑えないって思った。それがなんか、怖かった。のだと思う。 共感がしずらかった、というか。 たぶん卒業制作のとき、それを思い出したのだと思う。 なんで怖いと思うのか。私が怖い理由が何なのか知りたかった。 もちろん、それだけじゃないんだけどね。 それだけじゃないっていうのは、 「きれいで美しい絵」って、みんながきれいだと思う人を描けばいいのかって気持ちがあったってのがある。 で、資料を探して、いろんな人を見た。 そうしていくうちに、何が怖いと思ってたのかなんて分からなくなった。怖いと思わなくなったのだ。 知らないから、一線引いてしまう。 わたしはそれを自分が分かる限りでなくしていこうと、 日々考えています。 そのことを思いました。
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