日本語と日本人の心 の商品レビュー
やや抽象的な日本語論…
やや抽象的な日本語論です。お三方共アプローチと理念が独特で、そういう考え方もあるのだな、と目を開かされる思いでした。 独特の発想が出てくる土台には、お三方の日本語への立場の違いがあるのだろうと思います。河合さんは心理学がご専門ですし、大江さん・谷川さんは字を使う仕事という点で共通...
やや抽象的な日本語論です。お三方共アプローチと理念が独特で、そういう考え方もあるのだな、と目を開かされる思いでした。 独特の発想が出てくる土台には、お三方の日本語への立場の違いがあるのだろうと思います。河合さんは心理学がご専門ですし、大江さん・谷川さんは字を使う仕事という点で共通しているけれども小説と詩という違いがある。字で食べている後者お二人は、原稿への取り組み方やこれからの日本語に関する展望も全く違って意外でした。見方が違う人との討論は、付和雷同なそれよりずっと面白いですv
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大江健三郎、河合隼雄…
大江健三郎、河合隼雄、谷川俊太郎それぞれ日本語にこだわりを持つ3者がそれぞれの視点で、話す。特に、河合隼雄の公演は、臨床家としての河合先生を形成してきた母語の重要性を感じさせる。読んでしばらく考えるには、最適。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
p164 大江さんの「日本語は膠着語ですから、どんどんどんどん継ぎ足していけますからね、フランス人が持っている文体の考え方とはすっかりちがいます。」 膠着語(こうちゃくご)って何?学校で教わってない。なので、wikipediaなどで調べてみた。 分類的には「言語学」の中の「言語類型論」の中の「膠着語」となる。「言語類型論」とは世界中の言語の特徴を収集し、それらの相違点、類似点を探る学問。 「言語類型論」には、19世紀に登場した「形態的類型論」と20世紀後半に登場した「統語的類型論」がある。 「形態的類型論」には大きく膠着語、孤立語、屈折語の3種類がある。 膠着語である日本語の例 ・私が 彼を 愛する。 この文では、私+助詞「が」⇒主語、彼+助詞「を」⇒目的語となり、「私」や「彼」などの意味を持つ語に、語単体では意味を持たない助詞がくっついて文を作っていることがわかります。そのため、比較的自由に語順を変えることができるのも膠着語の特徴です。上の文は、「彼を 私が 愛する」、「私が 愛する、彼を」と言っても、意味が通じます。 孤立語である中国語の例 ・我愛他 我=私、愛=愛する、他=彼で、「私が彼を愛する」という意味の文です。 膠着語と違い、「が」や「を」のような助詞にあたる語がありません。 そのため、孤立語では語順がとても大切な役割を担っています。 例えば上の文を「他愛我」と語の順番を変えると、「彼が私を愛する」となり文の意味が変わってしまうのです。 屈折語であるイタリア語の例(英語も) ・Io gli amo(私が彼を愛する) ・Lui mi ama(彼が私を愛する) 「私」を意味する語は、一文目では主語としてIo(私が)という形ですが、二文目ではmi(私を)という目的語の形になっています。「彼」を意味する語も、主語のときはlui(彼が)ですが、目的語になるとgli(彼を)になります。イタリア語の場合は、このほかに時制や男性名詞か女性名詞か、などによっても語形が変化します。なお、英語は一応屈折語に入りますが、I love you(私があなたを愛する)という文を見ると、語形変化がなく孤立語のように見えます。 屈折語の説明として、語形変化がある語。語そのものが変化(go→went)したり、語尾が変化(go→goes)というのもありました。日本語に不規則動詞の活用形の暗記は必要ないってことか。 【言語一般】膠着語・孤立語・屈折語・抱合語の特徴まとめ【日本語教育能力検定試験対策】 から引用しました。 https://japanese-bank.com/licence/kouchakugo_dokuritsugo_kussetsugo_hougougo/#i ちなみに、20世紀後半に登場した「統語的類型論」では、SOV型(日本語など。世界の言語の約50%を占める)とSVO型(英語など。世界の言語の約40%を占める)の大きく2つに別れています。
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よかった。河合先生が好きな理由、谷川俊太郎が好きな理由、大江健三郎が苦手な理由がおぼろげながらわかった気がする。 僕も河合先生、谷川さん側の立場で、言語にはその背景にある社会・文化から成り立っているので、その社会・文化固有のものを言語によって表現する場合、どうしてもその「ローカル...
よかった。河合先生が好きな理由、谷川俊太郎が好きな理由、大江健三郎が苦手な理由がおぼろげながらわかった気がする。 僕も河合先生、谷川さん側の立場で、言語にはその背景にある社会・文化から成り立っているので、その社会・文化固有のものを言語によって表現する場合、どうしてもその「ローカル言語」にしかうまく表現できない部分が存在する。 そのうまく表現できない部分をなんとか言い表そうとして悪戦苦闘するのが、言語を生業とする表現者の役割なのだと思う。 大江健三郎が読みにくいのは、「100%翻訳」にばかり目が行き過ぎて、小説の本質がこぼれ落ちてしまっている点、「100%翻訳」にこだわるが故に、無駄な文章、言い回しがとてつもなく多く、元の言語ですら読み切るのが困難である点にある、とこの本を読んでいて、というか、大江健三郎の話し言葉を読んでいて思った。話し言葉ですら難しい言い回しを使う人は、ほぼ100%、書き言葉も難解。ゆえに大江健三郎は難解。
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本作は大江健三郎、河合速雄、谷川俊太郎による対談の記録なのだけれども、日本語やその性質が好きな人は読んだら面白いと思う。「言葉という共通のものを用いながら、しかも個人の輝き、この人だけのものという輝きがあるものをつくりだすのが文学」
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ほぼ同年代といってもよいお三方。三人とももういいお年なのに、驚いたり、感心したり、かわいらしい。日本人に限らず、どこの国の人でも自国だけは特別って思いたがるのかしら。
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大好きな谷川さんと河合さんの対談、河合さんも大牟田雄三さんももうこの世にいないんだなあと思いながら読むのが辛かったが、大江さん含めて3人の各々の専門に基づく見方が面白かった。「みみをすます」生き方、できればいいなあ。
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登録し忘れてたー!! 読んだ後、すっかり頭から抜けてしまうくらい難しかった! 内容が難しいというより、お三方の日本語に対する姿勢が真摯に過ぎて、置いてけぼりになってしまうのです。ついていけん・・・ 世界一美しい言語たる日本語を適当に使っていてごめんなさい。 金田一春彦先生にも...
登録し忘れてたー!! 読んだ後、すっかり頭から抜けてしまうくらい難しかった! 内容が難しいというより、お三方の日本語に対する姿勢が真摯に過ぎて、置いてけぼりになってしまうのです。ついていけん・・・ 世界一美しい言語たる日本語を適当に使っていてごめんなさい。 金田一春彦先生にもごめんなさい。 09.06.24
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日本語を文字として操る大江健三郎と谷川俊太郎、言葉(会話)を仕事として操る河合隼雄の3人による日本語論。 それぞれの言葉一つ一つに意味があり、非常に興味深い。 日本語は日本人の文化であり、日本人の心が形作ってきたもの。 だからこそ、日本語とはこうであると一つの答えが出せるものでは...
日本語を文字として操る大江健三郎と谷川俊太郎、言葉(会話)を仕事として操る河合隼雄の3人による日本語論。 それぞれの言葉一つ一つに意味があり、非常に興味深い。 日本語は日本人の文化であり、日本人の心が形作ってきたもの。 だからこそ、日本語とはこうであると一つの答えが出せるものではない。 特に大江氏と谷川氏にはその見解に決定的な隔たりがある。 書物のタイトルからすると、静かな対談に思えるが、その予想を裏切り、 意外に白熱する意見(対談)が繰り広げられる。 日本語の豊かさが理解できる本だ。
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大江健三郎・河合隼雄・谷川俊太郎の三人が、日本語と日本人の心の関わりについて行った講演、パネルディスカッション、また座談会を終えて書かれた解説が一冊になっています。 現代日本を代表する作家・学者・詩人の三人の組み合わせ、ということでとても興味深い対談となています。 ただ一般公...
大江健三郎・河合隼雄・谷川俊太郎の三人が、日本語と日本人の心の関わりについて行った講演、パネルディスカッション、また座談会を終えて書かれた解説が一冊になっています。 現代日本を代表する作家・学者・詩人の三人の組み合わせ、ということでとても興味深い対談となています。 ただ一般公開のシンポジウムという性格からか、テーマの表面をなぞっただけの講演という感が否めない(第一部 河合隼雄の講演)。個人的には「言語とその話者の関わり」というテーマをもうすこし深くつっこんで語ってほしかったのですが。第二部のパネルディスカッションも然り。
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