ボヴァリー夫人(上) の商品レビュー
恋愛というものが所詮…
恋愛というものが所詮はフィクションに過ぎない事を描ききった、反恋愛小説の傑作。
文庫OFF
なぜだか最近読んだいくつかの本に出てきたこの本、サルトルもコメントを残していた。ということで、まずは1巻から読了。ヴォルテールを引き合いに出して、議論をふっかけるなどという文言があり、この時代の風潮や流行が見えてくる。なぜこの本がそれほど話題になったのか、なぜ時代を超えても注目さ...
なぜだか最近読んだいくつかの本に出てきたこの本、サルトルもコメントを残していた。ということで、まずは1巻から読了。ヴォルテールを引き合いに出して、議論をふっかけるなどという文言があり、この時代の風潮や流行が見えてくる。なぜこの本がそれほど話題になったのか、なぜ時代を超えても注目されているのか、調べてみる前にまずは原本を読んでみた。
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ナボコフの文学講義を片手に、読み進めてみた。解説つきで読める幸せ。それぞれの人物の描写を味わう。またモチーフの意味を考えたり、対比的に書かれている場面を味わった。
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第三者視点で描かれているのと、冒頭はフォーカスする登場人物が変わることもありやや読みづらく、内容も鬱々としていたけれど、後半から一周回って登場人物のクセの強さが面白くなってくる不思議な話
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フランス写実主義の代表作。 普通の作家なら書き落してしまうような微細な事物まで偏執的なまでに事細かく書かれている。 読んでいると4kハイヴィジョンで映像が目に浮かぶ。 そこが、軽い文体の小説に慣れている現代人からすると、退屈さを感じさせることもあり、逆にぐっと作品世界の中に引き込...
フランス写実主義の代表作。 普通の作家なら書き落してしまうような微細な事物まで偏執的なまでに事細かく書かれている。 読んでいると4kハイヴィジョンで映像が目に浮かぶ。 そこが、軽い文体の小説に慣れている現代人からすると、退屈さを感じさせることもあり、逆にぐっと作品世界の中に引き込まれて、「文学作品を読む歓び」を味合わせてくれることもある。 俗物根性にまみれた底の浅いプチブル登場人物オノー(フリーメイソン作家を誉めそやし、聖職者に異様な敵意を抱いているところからして、この人物には、フリーメイソンという隠し設定があるのだろう)が、功名心だけで、最後に「名声」(らしきもの?)を獲得してしまうのも、浮世の馬鹿馬鹿しさをみごとに表現している。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
普通の医者が旦那のボヴァリー夫人は刺激のない毎日に不満→ちょっとワイルドなロドルフと不倫→こっそり旦那の財産を質入れして贅沢→借金苦に陥るも打ち明けられず→ロドルフにお金の工面を頼むも断られる→絶望して服毒自殺というお話。毒を飲んでから絶命するまでの描写が圧巻。 恋に憧れるボヴァリー夫人の盲目とダメ人間としての転落、何も悪くないが何も理解していない夫シャルルの凡人ぶり、不倫相手が自殺したけど普通に生活できるロドルフの楽観性など「人間ってそんなもんだよねー」と納得。あいつ今頃パフェとか食べてるよと通じるところあり。 一番悶えたのは夫人の死後ばったり不倫相手に出会したシャルルの「あなたをうらみません、これは運命の罪です」という痛いセリフ。
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主人公はボヴァリー夫人ことエンマ。「エマ」といふ表記が普通かも知れませんが、岩波文庫版の伊吹武彦訳に敬意を評し、エンマとします。「閻魔」にも通づる良い名ではありませんか。 エンマは農村の出身で夢見がちな女性。医師のシャルル・ボヴァリーの再婚相手として選ばれ結婚しますが、忽ち後...
主人公はボヴァリー夫人ことエンマ。「エマ」といふ表記が普通かも知れませんが、岩波文庫版の伊吹武彦訳に敬意を評し、エンマとします。「閻魔」にも通づる良い名ではありませんか。 エンマは農村の出身で夢見がちな女性。医師のシャルル・ボヴァリーの再婚相手として選ばれ結婚しますが、忽ち後悔いたします。シャルルは真面目ですが特段の才能を持つでもなく小市民的で、エンマの理想とはかけ離れた男性でした。エンマは都会の華やかな生活にあこがれ、不満を露わにするやうになり、精神にも変調を来します。 エンマを溺愛するシャルルは環境を変へてあげやうと転居します。そこでエンマはレオン君といふ青年と出会ひます。既に娘を出産してゐたエンマですが、レオン君に惹かれ、レオンも彼女を憎からず思ひます。しかしレオンは自らの出世を尊重し、パリへ去つてしまふのでした。 そんな折、夫シャルルは専門外の手術を請負ひ見事に失敗します。この件で改めて夫に幻滅するエンマ。そんな彼女に接近するのがロドルフなる男性。夫への失望の反動か、エンマは彼との不倫にどつぷり浸かります。しかしロドルフは単にエンマを遊び相手としか認識してをらず、別れの手紙を残して去るのでした。 絶望したエンマの前に偶然現れたのがレオン君。今度は本格的に不倫相手としてお付き合ひしますが、彼の為に出費が嵩み、忽ち金欠に陥るエンマ。困窮に迫られる夫妻。もう悲劇的な結末が予想できるではありませんか...... 理想と現実とのギャップに悩まない人はゐるのかどうか知らぬけれど、大概はその中間で妥協点を見つけ、そこそこの生活をしてゐるのではないでせうか。エンマのやうにそれが出来ぬ人物には悲劇が待つ。 しかしわたくしが共感するのは夫のシャルルの方であります。凡庸で才能がなく気の利いた会話も出来ず、ただ仕事を坦々とこなす。しかし妻への信頼と愛情は欠かさない。まるでわたくしのやうな男であります。「シャルル・ボヴァリーはわたしだ」と言ひたい気分なのです。無論わたくしの妻は不倫などしない(と思ふ)が。 とまれ、フローベールが時間と手間をかけた力作だけに、細部にも手抜きがありません。長篇ながら贅肉のない、引き締つた文章と存じます。読み易い新訳も出てゐますので、若い人にも読んでいただきたい古典と存じます。俺も若いが。
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初読。 登場人物べったりのぬるい感情小説(「感情教育」みたいな)かと思ったら、ぴしりとした情景描写も潔い近代的な小説だった。
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破滅に突き進むエンマ本人も悪いけど、妻の暴走を見て見ぬ振りのシャルルも問題あり。 どちらも自業自得ですが、残された娘が哀れ。
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上下巻を通じて、フローベールの階級論がそこここに展開される。エンマとレオン(あるいは彼女とシャルルやロドルフ)のやり取りをとおして、異なる階級間の人間が相まみえた瞬間の、互いのとりうる戦術や、互いに対する認識と誤認の様態を描かれていておもしろい。 後年の『感情教育』については、...
上下巻を通じて、フローベールの階級論がそこここに展開される。エンマとレオン(あるいは彼女とシャルルやロドルフ)のやり取りをとおして、異なる階級間の人間が相まみえた瞬間の、互いのとりうる戦術や、互いに対する認識と誤認の様態を描かれていておもしろい。 後年の『感情教育』については、P・ブルデューによる分析の素材となっているけれど、本書も(それがどの程度フローベールが生きた時代の社会構造を精緻に反映しているかどうかは別として)ひとつの社会認識論、間主観性の世界の認識論としての性質を有していると思う。 ただ下巻終盤の破局のできごとの数々の記述は、物語のスレッドが時間や場所や人物、現実と幻想のあいだを目まぐるしく遷移しながら進んでいくので、ちょっと散漫な感じを受けてたのしめなかった。
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