涙を売られた少女 の商品レビュー
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作者クリュスは、ケストナー、エンデと共にドイツ三大児童文学作家に数えられる。著作『笑いを売った少年』(未知谷刊。講談社刊の『わらいを売った少年』は児童向けの抄訳)では、不遇な少年がある日出会った不思議な紳士に自分の笑いを売る。引き換えにどんな賭けにも勝つ力を得るが、やがて笑いの真の価値に気づき、それを取り戻す旅に出る、という物語が展開した。本書はその続編。 主人公ネレは歌と踊りの才能に恵まれた少女。そんな彼女に目をつけたのが、前作にも登場する不思議な紳士だ。彼はネレの両親に金を積み、契約を取り交わす。ネレを国際的な歌手にする代わり、彼女が泣くことを禁じた契約だ。幼い頃から泣くことのできない子だったネレに、敢えて涙を禁じた紳士の意図とは……。 物語の語り手「ボーイ」、その良き友人にして前作の主人公であるティムを始め、『笑いを売った少年』の登場人物たちが脇を固める。敵役の紳士は人智を超えた力を持つ恐るべき存在だ。ところがいつも何かしら的を外した振る舞いをするので憎みきれない。 前作では普通の人間のようにうっかり車の前に飛び出してはねられた。今回は契約から逃れようとするネレの気を引こうと、アザラシの姿で話しかけたり、補虫網を被せてみたり、その奮闘ぶりが笑いを誘う。子どもたちに寛容と共生を教えたい、という作者の願いが、悪役の性格の上にも現れているようだ。 物語自体はさながら少女スターのバイオグラフィー。ヒット曲が生まれる経緯や、華やかで空しいショービジネス界の描き込みに力が入れられ、細部にこだわった描写が多い。有名になっていく過程でネレが陥るヒステリカルな破壊衝動にはどきりとさせられる。 子どもの能力を金で売り買いする大人への批判も随所に読み取れる。邦題はその意を組んだものだろう(原題は『Nele oder Das Wunderkind』。直訳なら『奇跡の子ネレ』となる)。 芸能活動に邁進する少女を追って坦々と進む話なので、前作にあったような波乱万丈のストーリーやファンタジー要素を期待して読むとやや意外。涙と笑いは表裏一体であるということ、それらが人間を動物から区別し、内面を自由にする、という件が興味深い。
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