真実真正日記 の商品レビュー
「小説の書き方」や「プロットの立て方」などの本を何冊か読んだことがあるが、その度に頭に浮かぶのが町田康氏のことだ。彼は絶対にそんな小説の書き方はしていまい、と。 よく町田氏の本の中には、町田氏が書く小説によく似た小説を書く主人公が現れる。作家はストーリーが自ら意思を持ったように動...
「小説の書き方」や「プロットの立て方」などの本を何冊か読んだことがあるが、その度に頭に浮かぶのが町田康氏のことだ。彼は絶対にそんな小説の書き方はしていまい、と。 よく町田氏の本の中には、町田氏が書く小説によく似た小説を書く主人公が現れる。作家はストーリーが自ら意思を持ったように動くことに翻弄され苦しんだり、行き詰まると大岩が転がってきたり、地震で全てが破壊されたり、という展開で苦し紛れに小説を完成させているようだ。 どこまでが町田氏の現実の小説スタイルとかぶっているのかはわからないが、似ていることは確かだろう。 最後のどんでん返しを踏まえ、読み返そうかと思ったが、いや、多分、このオチはきっと、少なくとも後半以降で思いついたものであるから、読み返しても意味はないなと思った(実際どうなのだろう)。 一体、どんな頭をしてればこんな小説が書けるんだ!と毎回唸らせられる。そしてやはり読むのをやめられない。 大好き。
Posted by
コナン少年は「真実はひとつ」と宣言しているが、決してそうではない。考える人の数だけ真実は横行する。考えない人は考える人にその権限を委ねてしまうのだ。日記といいながらもこの記述は出鱈目だという人はそのうち権限を委ねてしまう側へと変貌するのだろう。かといってこれも真実だと合点するのも...
コナン少年は「真実はひとつ」と宣言しているが、決してそうではない。考える人の数だけ真実は横行する。考えない人は考える人にその権限を委ねてしまうのだ。日記といいながらもこの記述は出鱈目だという人はそのうち権限を委ねてしまう側へと変貌するのだろう。かといってこれも真実だと合点するのもどうだろうか、もとい面白い世界の見方がここに描かれているのだ。そうだ。そうだ。
Posted by
『「スッポンポーンズというのはどうだ」と言った。「どういう意味だ」と聞くと、「全員が心をスッポンポンにして演奏をしている、といったような意味だ」と気弱に言って焼酎を煽った。 即座に却下された。』 『「犬とチャーハンのすきま、というのはどうでしょう」と提案した。相変わらず訳の分か...
『「スッポンポーンズというのはどうだ」と言った。「どういう意味だ」と聞くと、「全員が心をスッポンポンにして演奏をしている、といったような意味だ」と気弱に言って焼酎を煽った。 即座に却下された。』 『「犬とチャーハンのすきま、というのはどうでしょう」と提案した。相変わらず訳の分からぬことを言う人で、「どういう意味だ」と尋ねると、「犬の横にチャーハンが置いてあるのよ。そのすきまのこと」と言って、相変わらず訳が分からない。でもなんとなくモダンでかっこよい感じがしたので、じゃあ、これにしようということになってバンド名は、「犬とチャーハンのすきま」になった。』 『ここには名前は知らないけれども、「ふわふわの兄ちゃん」「幼女誘拐」「オガタ」「頼りない兄ちゃん」という男性スタッフ、「ミキちゃん」「よく気がつくねぇちゃん」「愛想のないねぇちゃん」「中間的なねぇちゃん」という女性スタッフがいて、たいていは三人で店を切りまわしているが、そのシフト・組み合わせはだいたい決まっていて、「幼女誘拐」を調理場に配するのを常に、「ふわふわの兄ちゃん」「よく気がつくねぇちゃん」を軸としてこれに、「ミキちゃん」「中間的なねぇちゃん」がからんでくる場合と、「オガタ」と「愛想のないねぇちゃん」を軸として、「頼りない兄ちゃん」「ミキちゃん」がからんでくる場合があって、どのシフトに当たるかによってサービスが天地ほど違うのである。』 『僕の占星術は例えばこんな具合だ。 牡牛座5/13から5/20 5/19 朝、納豆を食べると吉。会社員は出世の糸口が午前中に向こうからやってくる。猿渡という馬面の男がチャンスをもたらす。猿渡が豚面だったら注意。公園で鳩に餌をやったらダンプが突っ込んできて重傷を負う可能性あり。午後は仕事をさぼって映画を見に行くと出会いあり。その際、ポップコーンを買って床にぶちまけること。夜、酒乱の後輩に、「一緒に三味線を習いにいかないか」と誘われるが断るべし。殺される。合コン吉。投資凶。 5/20 ベンツをみると睨みつけるべし。なかから暴力団員がでてきて殴り掛かってくるも、小学校時代の同級生である可能性大。思い出話をするうち有利な投資話。おかまバー吉。井の頭線吉。文京区音羽付近で三百円拾う。棚田で農耕作業の可能性。女性はこの日であった男性と結婚してはならない。将来、無職の酒乱になって毎日暴れる可能性。南北線に乗っていく商談は失敗。鶴の置物大凶。見かけたら遁走すべし。』 『そしてなんで経済的に豊かな社会においてなお動物化する人が多いのかという点については、人間と動物のどこが違うかを考えてみればもく、人間と動物のもっとも異なる点は文章を読むか読まないかで、つまり人間は読み書きを放棄すると興味、関心の対象がうまいものとセックスだけになって動物化するのである。』
Posted by
最後のオチがどうにも納得いかなかったので読み返しを開始する。が、しかしこの作者の作品は読み返しても意味があるのだろうか?と疑問が浮かぶ。けれどもまぁ、おもしろい小説。町田康は期待を裏切らない&安定感抜群の作家の一人。
Posted by
悦楽のムラートを読みたいと思いはじめ真ん中あたりで悦楽のムラートも読みたいナァ〜て思い2/3くらいで今日の晩ご飯なにーって母に聞いて残り少ないページをちらちら見ては悦楽のムラート全部読みたいのと思っていたらもう読んでたのかしら
Posted by
エッセイ系日記に見せかけて小説。 筒井康隆を思い出す。 ネットという簡単に発表できる場所がある中で 趣味で小説を書く人の中には、 こういう雰囲気の文体や展開を特徴として書く人も きっと山ほどいるんだろうな。知らないだけで。 町田康のこの本は、その中でも際立って上手く出来たもの、の...
エッセイ系日記に見せかけて小説。 筒井康隆を思い出す。 ネットという簡単に発表できる場所がある中で 趣味で小説を書く人の中には、 こういう雰囲気の文体や展開を特徴として書く人も きっと山ほどいるんだろうな。知らないだけで。 町田康のこの本は、その中でも際立って上手く出来たもの、のような気がする。 筒井康隆ほど破壊的でなく、筒井康隆ほどギャップのある展開もない、 適度に気持イイ振り幅で、ちょっとしたズレを味あわせてくれる。 千手観音のくだりとか笑ってしまった。 最近このテの本を読んでいなかったので懐かしく心地よかった。
Posted by
作者の日記と見せかけて、奇妙な味のユーモア小説である。私はすっかりクセになってしまい、この日記世界から戻りたくなかった。日記を書く小心者の小説家の、作中小説がどんどん破綻していくのがおかしい。この作者のシュールな小説は苦手なのだが、シュールさが抑え目な時は最高に面白い。はしゃいで...
作者の日記と見せかけて、奇妙な味のユーモア小説である。私はすっかりクセになってしまい、この日記世界から戻りたくなかった。日記を書く小心者の小説家の、作中小説がどんどん破綻していくのがおかしい。この作者のシュールな小説は苦手なのだが、シュールさが抑え目な時は最高に面白い。はしゃいでいる感じのユーモアでなく、真面目なのにどこかバランスを崩した、ねじが一本外れたようなおかしみがある。この文体とリズムにハマったらやめられない珍味。
Posted by
最初町田康自身の日記と思って読んでた(笑)お店やってたんだーとかまじめに考えたりして(笑)とりあえずいつも通り楽しかった
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
いや、実にしょうもない本であった。しょうもないというのは、決してけなし言葉ではない。 しょうもない=あほらしい=馬鹿馬鹿しい=笑ってしまう=おもしろい=読むべし、という飛躍的論理のもと、この本の紹介をせんと欲しているのである。 虚実ごちゃ混ぜとなった日記の体をなした小説で、ところどころにハチャメチャが登場する。マダガスカルから密輸した猿が都心を暴れまわるくだりや、榎本半麺という謎の人物が奴隷制復活を説いて台頭、でもオヤジ狩りに遭い絶命するくだりなど。 結局、この小説の核となる部分が何なのかよく分からぬまま、僕は最後まで読んだ。しかし、これは凄いことだ。何がなんだか分からんままでいて、飽くことなく読了させるという、この筆力。凄い。畏るべし。 そも、小説というのは作り話であり、ウソ800を並べる代物だが、実は、そのウソ800の中に、マコトを5~8くらい、しれっと紛れ込ませることができるものであり、例えば、本著を引用すると、こんな箇所がある。 ★ 人間というものは弱いもので、いくら自分がちゃんとしているつもりでも、そうしてちやほやされると、俺は偉いのだ、という錯覚に陥って尊大なバカモノになってしまう。 これは上層部のミスで出世をさせてしまった無能なサラリーマンなどに多く、自分はとてつもなく偉くなったと思いこみ、取引先にまで尊大な態度を取ってしまって失敗をし、最終的には閑職に飛ばされる。 柄下君の、ちやほやされないと気が済まないという性格は、一般の人間から見れば謎だが、若いときにそんな風に扱われると、人間はそれがあたりまえだと思うようになる。 しかしそれでずっとその状態が続けば良いが、多くの場合、人気というものは続かない。 という風に考えてみると、エンターテインメントのビジネスというのは残酷で、若い者になんらの教育もしないまま、ただ都合良く働かせるためだけにちやほやして持ち上げ、一般社会ではとうてい通用しないような畸形的な人間を作り上げたうえで、売れなくなった途端、放り出すのである。 ★ デタラメの中に己の主張や意見をば巧みに潜ませる。ここら辺が小説の面白いところであり、また町田康の凄さだと思う。ふざけているようで、実はとても真面目でジェントリな町田康。そして、デタラメな小説でありながら『真実真正日記』という、タイトル。これはなかなか付けられない。付けたくても付けられない。しかし、この本を読めば読むほど、町田康自身の自伝的日記ではないかとの思いを強くする。さすれば、このタイトルは絶妙だ。素晴らしい。 こんなオッサンが日本にいる、そして、広く認知されているというのは素晴らしいことである。日本もまだまだイケる。町田康が正しく評価され続ける限り、日本の文学は素晴らしく在り続ける。
Posted by
エッセイ風に読める、読みやすい作品。 逆説的なタイトルと、そこに込められているであろう、「著作についての真実」なんてあるのかという、挑戦的な作品だと思う。
Posted by