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波切り草 の商品レビュー

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2014/04/23

うーん、やっぱり椎名さんの青春小説はいいなあ。ここでは主人公は「松尾勇」となっていて、中学から高校に入った頃のことが書かれている。一連の「私小説」では「勇」はほぼ椎名さん自身と言える存在であり、本作もまたそういう気配は濃厚にあるけれど、やはり「小説」として描かれている感じが強い。...

うーん、やっぱり椎名さんの青春小説はいいなあ。ここでは主人公は「松尾勇」となっていて、中学から高校に入った頃のことが書かれている。一連の「私小説」では「勇」はほぼ椎名さん自身と言える存在であり、本作もまたそういう気配は濃厚にあるけれど、やはり「小説」として描かれている感じが強い。 隊長の中学高校時代と言えば、やはりケンカと暴力沙汰とが切っても切り離せないわけだが、このお話ではそういう展開にならない。勇少年が入学する山の中に新設された全寮制の産業高校は、椎名さんが高校卒業後に勤務した工業高校での経験に基づいて書かれているのだろう。意外にも結構穏やかな高校生活の様子が綴られるのだけれど、秋の「大体育祭」での棒倒しの場面の迫力は、武闘派椎名さんの面目躍如だ。無条件に面白い。 高校生の勇が、学校近くの海を見ながら、家のある町の海が開発によって埋め立てられることを思う場面が切ない。可愛がってくれた叔父さんも怪我をして遠くの町へ行くことになった。 「子供の頃から目になじんでいた海がどこか知らないところからダンプカーで運ばれてくる土によって埋め立てされていく、と言うことがむなしかった。やがてツグモ叔父もいなくなることだし、もうあそこは自分とは関係のない海になっていくような気がした。」 そうなのだ。椎名さんの青春小説にはいつもこういう無常感がある。子供であったり、若かったりして、自分には力の及ばない、よくわからないものによって、周囲の状況はたやすく変わっていく。大事に思うものも永遠ではなく、それをどうすることもできない。そういう悔しくやるせない思いがいつも底を流れている。 しかしまた、主人公はいつも、これだけは確かに思える自分の体一つで、自分の思いに忠実に前に進んでいこうとするのだ。そこが青春小説として素晴らしいと思う。

Posted byブクログ