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空海の風景(下) の商品レビュー

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60件のお客様レビュー

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大陸文明と日本文明の…

大陸文明と日本文明の結びつきを達成した空海は、哲学宗教文学教育、医療施薬から土木灌漑建築まで、八面六臀の活躍を続ける。その死の秘密をもふくめて描く完結篇。昭和五十年度芸術院恩賜賞受賞。

文庫OFF

2024/03/04

「空海 高野山 真言宗」 雲の上の存在の立派なお大師さま、というだけのイメージでしたが、たくましくしたたかに生きる人間味あふれる姿に親しみがわきます。 今中国語を勉強している私としては、唐に渡る前から中国語が堪能だった空海にあこがれます。 この時代世界一の都であったろう唐の長安...

「空海 高野山 真言宗」 雲の上の存在の立派なお大師さま、というだけのイメージでしたが、たくましくしたたかに生きる人間味あふれる姿に親しみがわきます。 今中国語を勉強している私としては、唐に渡る前から中国語が堪能だった空海にあこがれます。 この時代世界一の都であったろう唐の長安に留学して街を見て学んだ空海はどんなにワクワク興奮したことでしょう。 西安、高野山、行きたいな。

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2024/02/18

「空海の風景(下)」司馬遼太郎著、中公文庫、1994.03.10(改版) 417p ¥780 C1193 (2024.02.18読了)(1999.11.26購入)(2002.01.30/15刷) この巻では、最澄が結構出てくるので、インターネットに掲載されている説明を如何に拝借し...

「空海の風景(下)」司馬遼太郎著、中公文庫、1994.03.10(改版) 417p ¥780 C1193 (2024.02.18読了)(1999.11.26購入)(2002.01.30/15刷) この巻では、最澄が結構出てくるので、インターネットに掲載されている説明を如何に拝借しておきます。 ◆さいちょう【最澄】 (767〜822)平安時代初期しょきの僧そう。日本の天台宗てんだいしゅうの開祖かいそ。近江おうみ国(滋賀しが県)に生まれ,父は中国からの渡来とらい人の子孫しそん。19歳さいのときに東大寺とうだいじで正式の僧そうとなったが,当時の仏教ぶっきょうのあり方に不満ふまんをいだき,故郷こきょうに帰って比叡山寺ひえいざんじ(のちの延暦寺えんりゃくじ)をたてて12年の間,1人で修行しゅぎょうした。さらに深く仏教ぶっきょうを学ぶため,804年に遣唐使けんとうしにしたがって唐とう(中国)にわたり,天台宗しゅうの教えを受けて,翌年よくねん帰国。桓武天皇かんむてんのう*の保護ほごを受けて,新しい宗派しゅうはをおこした。◇死後,朝廷ちょうていから伝教大師でんぎょうだいしとおくり名された。 【目次】 十六~三十 あとがき 解説  大岡信 ☆関連図書(既読) 「空海の風景(上)」司馬遼太郎著、中公文庫、1994.03.10 「空海の思想について」梅原猛著、講談社学術文庫、1980.01.10 「司馬遼太郎の風景(1)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1997.10.25 「司馬遼太郎の風景(2)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1998.01.25 「司馬遼太郎の風景(3)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1998.04.25 「司馬遼太郎の風景(4)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1998.07.25 「司馬遼太郎の風景(5)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1998.12.25 「司馬遼太郎の風景(6)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1999.03.25 「司馬遼太郎の風景(7)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1999.05.25 「司馬遼太郎の風景(8)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1999.07.25 「司馬遼太郎の風景(9)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、1999.11.25 「司馬遼太郎の風景(10)」街道を行くプロジェクト、日本放送出版協会、2000.07.30 「司馬遼太郎の風景(11)」街道を行くプロジェクト、 日本放送出版協会、2000.09.30 (「BOOK」データベースより) 大陸文明と日本文明の結びつきを達成した空海は、哲学宗教文学教育、医療施薬から土木灌漑建築まで、八面六臀の活躍を続ける。その死の秘密をもふくめて描く完結篇。昭和五十年度芸術院恩賜賞受賞。

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2024/02/07

空海の生涯を数多くの文献と司馬遼太郎の考察により紐解いていきます。小説と考察文の中間のような書物です。そして上下巻読んで思うのは空海ほど天才という言葉が似合う人はいないのではないかということです。10代で儒教、道教、仏教を比較して仏教の優位性を説いたり(しかも戯曲という形で)、遣...

空海の生涯を数多くの文献と司馬遼太郎の考察により紐解いていきます。小説と考察文の中間のような書物です。そして上下巻読んで思うのは空海ほど天才という言葉が似合う人はいないのではないかということです。10代で儒教、道教、仏教を比較して仏教の優位性を説いたり(しかも戯曲という形で)、遣唐使として唐に渡れば、現地の中国人よりも漢詩が上手く中国人の尊敬を集めたり、唐に渡って半年で梵語をマスターしたり、帰国後は氾濫を防ぐための大きな溜池の土木工事をしたり(現在も香川県で使われている)と1つ成し遂げただけでも凄いのに、そういうエピソードが多岐に渡ります。そして1番凄いのは、勿論真言宗という密教の宗派を開いたこと。密教の正統な後継者として唐の高僧に伝授してもらうだけでも奇跡的なのに、さらにそこに空海の独自の思想を反映させ、新しい宗派を確立させるのは常人にはできない偉業としかいえないと本を読んで思いました。

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2024/01/04

本書には「この稿はこまかい詮索を目的とせず、ただ空海という千年以上前の人間を、ほんの片鱗でもあるいは瞬間でも筆者において目撃してみたいということだけが目的」と書かれている。なんだそうだったのか。本書は「小説」ではなかったのだ。それならば最初から、「NHKスペシャル」のようなドキュ...

本書には「この稿はこまかい詮索を目的とせず、ただ空海という千年以上前の人間を、ほんの片鱗でもあるいは瞬間でも筆者において目撃してみたいということだけが目的」と書かれている。なんだそうだったのか。本書は「小説」ではなかったのだ。それならば最初から、「NHKスペシャル」のようなドキュメンタリー番組で表現した方がよかったのではないか。 空海の経歴には、山林修行で『虚空像求聞持法』をマスターしたとか、口から星が入ってきたとか、唐に渡った時点で唐音が完璧だったとか、恵果に逢うやいなや直ちに密教の正統継承者となったとか、普通の伝記的なアプローチでは理解しがたいエピソードが多い。それを"天才"の一言で片付けるのであれば、「小説」の存在意義はない。あるいは膨大な史料の突き合わせで解決しようとしても、それこそ説得力がないのである。 ここでたとえば空海が、前世である不空三蔵の記憶をもっていたとしたら?こう書けば、著者には「物事を冷厳に認識する人でなく」、「興に乗ってみだりなことを書く」と斬り捨てられてしまうのだろう。だがその基準はどこにあるのか?もちろん著者の中にしかない。 著者は「~という想像はゆるされるかもしれない」などと書く。誰が許すのか?その基準は著者の中にしかない。また許されなかったらどうなるというのだ?さんざん自分の妄想で頁を埋めておきながら、厳密に検証作業をすすめました的な小賢しさが気に入らない。「あとがき」までそんな調子なのである。もう言い訳はよせ!と言いたくなってしまった。残念ながら、著者に対する俺の評価は低い。 もし「小説」を志すなら、まず自分の想像にすぎない空海を自由に表現する旨を宣言した上で、潔くそれに対する責任をとってほしい(言い訳は聞きたくない)。 四国遍路に出発する前に読了できたので、唯一そこだけは満足である。

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2023/09/18

空海が真言宗開祖として各プレイヤー(朝廷、貴族、他派仏教)を御しつつ宗派の礎を巧みに築くあたりは面白かった。僧という武力を用いない勢力間が鎬を削るわけで当然に清々しくはなく社内政治が如くで妙に刺さる部分があった(司馬遼太郎の題材では少数派だろう)。ただ全体を通して仏教、密教と言っ...

空海が真言宗開祖として各プレイヤー(朝廷、貴族、他派仏教)を御しつつ宗派の礎を巧みに築くあたりは面白かった。僧という武力を用いない勢力間が鎬を削るわけで当然に清々しくはなく社内政治が如くで妙に刺さる部分があった(司馬遼太郎の題材では少数派だろう)。ただ全体を通して仏教、密教と言った話が多く、また自分には難しかった。恥ずかしながら相当な部分を読み飛ばした。

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2023/05/30

中国関係の積読を先に片づけていたので、上巻から少し間が空いてしまいました。 下巻ももちろん司馬遼太郎節。小説というより、司馬遼太郎による空海講釈。 下巻の中心は、長安から帰り、日本に真言密教を伝える空海。中でも、比叡山の最澄との交流。っていうか、対決。対立。歴史の授業では、天台宗...

中国関係の積読を先に片づけていたので、上巻から少し間が空いてしまいました。 下巻ももちろん司馬遼太郎節。小説というより、司馬遼太郎による空海講釈。 下巻の中心は、長安から帰り、日本に真言密教を伝える空海。中でも、比叡山の最澄との交流。っていうか、対決。対立。歴史の授業では、天台宗の最澄と真言宗の空海とセットで覚えさせられるけど、そう一筋縄にはいかない。 あとがき読んだら、高野山にも行きたくなった。まずは高雄山かな。

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2023/04/27

上巻に続き一気に読みました。下巻では真言宗の創立と最澄との交流が中心的に書かれています。書かれている内容自体、当事者たちからするとタブー的なこともあるかもしれませんが、そこは司馬遼太郎氏の立場から、かなり自由奔放に思いのまま書かれていて好感が持てました。個人的には本書を読んで、ま...

上巻に続き一気に読みました。下巻では真言宗の創立と最澄との交流が中心的に書かれています。書かれている内容自体、当事者たちからするとタブー的なこともあるかもしれませんが、そこは司馬遼太郎氏の立場から、かなり自由奔放に思いのまま書かれていて好感が持てました。個人的には本書を読んで、まだ行ったことがない高野山および本書に登場する各種寺院を巡ってみたいという気持ちが強くなりました。とても面白かったです。

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2023/01/21

上下読み応えがあった。密教は自分には難しいが、空海の生き方については非常に興味もさらにもった。情報量が凄まじかった…。善通寺は行ったので、次は高野山にいきたい。

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2022/05/05

上巻に続いて、空海の日常に関する描写に加え、筆者の体験の描写がところどころまじり、フィクションのようなドキュメンタリーのような不思議な感覚だった。下巻は最澄や天皇への接し方など多分に人間くさく、怒りや嫌悪をあらわにするような様子は、後の世でお大師様として暑く信仰されている空海像と...

上巻に続いて、空海の日常に関する描写に加え、筆者の体験の描写がところどころまじり、フィクションのようなドキュメンタリーのような不思議な感覚だった。下巻は最澄や天皇への接し方など多分に人間くさく、怒りや嫌悪をあらわにするような様子は、後の世でお大師様として暑く信仰されている空海像と違って新鮮だった。密教とはなにか、が、筆者なりの解釈ではあるが顕教との比較で語られているのがわかりやすく、違いをぼんやりと理解する事ができた。

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