モーツァルトの電話帳 の商品レビュー
夭折した永井陽子を代表する歌集。豊富な知識と奔放な想像力が生み出した心地よい歌の数々は、私の心を明るく照らしてくれる。「あまでうすあまでうすとぞ打ち鳴らす豊後の秋のおほ瑠璃の鐘」「イタリア語のやうなひかりを持て来たる冬の郵便配達人は」「海のむかうにさくらは咲くや春の夜のフィガロよ...
夭折した永井陽子を代表する歌集。豊富な知識と奔放な想像力が生み出した心地よい歌の数々は、私の心を明るく照らしてくれる。「あまでうすあまでうすとぞ打ち鳴らす豊後の秋のおほ瑠璃の鐘」「イタリア語のやうなひかりを持て来たる冬の郵便配達人は」「海のむかうにさくらは咲くや春の夜のフィガロよフィガロさびしいフィガロ」「ひまはりのたねをわけあふ坂のうへパッヘルベルのカノンが流れ」「ゆふさりのひかりにのやうな電話帳たづさへ来たりモーツァルトは」「いづこへと男らは座を移せしや 瓶子の酒も冷えてゆくなり」「打水や かんかん帽の白秋が阿蘭陀書房より出でてくる」「大雨が空を洗ひてのちのこと芭蕉がまたしても旅に出る」「風がリラを鳴らす太古のゆふぐれをおもひて地下の通路抜けたり」「北向きの廊下のすみに立たされて冬のうたなどうたへる箒」「黄のカンナ赤いカンナと咲き継げば夜に入りて解く『邪宗門』秘話」「こんな夜美術館の前に佇ってゐると背後より大山猫が来るぞ」「猿どもはまばゆき初夏の陽を浴みてゐるぞひねもす仕事などせず」「しらなみをふたすぢみすぢ岸に立てあふみのうみはガラスの海や」「セザンヌのリンゴや瓶や玉葱も息をしてゐるしづかな聖夜」「栓抜きが枝にかけられ揺れてゐるゆくあてのなきこころのやうに」「月がすこし欠けてゐることひそひそとぬすびとはぎのこゑがすること」「橡にぶらさがりゐる蓑虫が「あ、いや、しばらく」などともの言ふ」「なにとなうわたくしはただねむたくてねむたくて聞く軒の雨だれ」「盗っ人1と盗っ人2との出番にて書き割りの木もざわざわ笑ふ」「ひとよ茸ランプを見たりひとよ茸ランプはものを想ひて灯る」「ひまはりのアンダルシアはとほけれどとほけれどアンダルシアのひまはり」「無造作に鉄砲百合が立ってゐるほんにをさない思い出ながら」「行けるはずもなけれど メキシコの<バッタのゐる丘>といふ公園」「夜ごと背をまるめて辞書をひくうちに本当に梟になってしまふぞ」「落書きは空にするべし少年が素手もて描く少女の名前」
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永井陽子さんの第五歌集。 主に人名書名などが入った短歌が 歴史的仮名遣いのあいうえお順に並べられている。 ――少女はたちまちウサギになり金魚になる電話ボックスの陽だまり ――なにとなうわたくしはただねむたくてねむたくて聞く軒の雨だれ ――るるるる……と呼べどもいづれ...
永井陽子さんの第五歌集。 主に人名書名などが入った短歌が 歴史的仮名遣いのあいうえお順に並べられている。 ――少女はたちまちウサギになり金魚になる電話ボックスの陽だまり ――なにとなうわたくしはただねむたくてねむたくて聞く軒の雨だれ ――るるるる……と呼べどもいづれかの国へ出かけてモーツァルトは不在 表紙より 人名や書名が出てくるだけで 背景にぱぁっと開けるものがある。おのずからそれは作者と私とでは違うものであろうと思われるが 背景にただよう音はおそらく同じであろう。仕舞っておいた記憶の端っこをつんつんと引かれるような くすぐったさを感じたりもする。 さやさやさやさあやさやさやげにさやと竹林はひとりの少女を匿す わづかなよろこびあれば他人を責めがたし今日あさがほがはじめて咲けり 人名書名のない歌の中から 好きなものを二首選んでみた。
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