文学に現はれたる我が国民思想の研究(平民文学の時代 上) の商品レビュー
『文学に現はれたる我が国民思想の研究』のうち、「平民文学の隆盛時代」の一篇が収録されています。あつかわれている時代は、元禄時代前後です。 本書でとりあげられているのは、中世の文学においてしだいに明瞭に見られるようになった国民思想が開花する時代であり、松尾芭蕉、井原西鶴、近松門左...
『文学に現はれたる我が国民思想の研究』のうち、「平民文学の隆盛時代」の一篇が収録されています。あつかわれている時代は、元禄時代前後です。 本書でとりあげられているのは、中世の文学においてしだいに明瞭に見られるようになった国民思想が開花する時代であり、松尾芭蕉、井原西鶴、近松門左衛門の三人についてくわしく論じられています。芭蕉とその門下たちの俳諧はかなり高い評価がなされているものの、その自然観については遊戯的な観点から自然が見られており、現実の自然にかかわる者の立場とは乖離しているという苦言が呈されています。また西鶴を代表とする浮世草子の世界では直情的で本能的な方向に落ちており、近松の浄瑠璃作品では世間における義理によって人物の運命が規定されており、いまだ個人として存在する人間の姿はえがかれていないといった批判がなされています。 一方、武士道や儒学思想については、国民思想に根ざしたものということはできないという厳しい判断がくだされています。戦国時代の軍政下で生まれた武士の行動形態は、平和な時代の官吏となった武士のじっさいの生活にそぐわないものであり、それを中国から取り入れた儒教的道徳によって規制しようとするため、形式的なものにならざるをえなかったと著者は論じています。 芭蕉、西鶴、近松を元禄文化の頂点とする解釈の枠組みにもとづく思想史の典型といってよい内容ですが、その他のさまざまな作家や思想家たちについてもかなり立ち入って解説がなされており、彼らの仕事について概観をつかむことはできました。
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