明治高等教育制度史論 の商品レビュー
本書を執筆した神立春樹氏はもとは近代日本経済史が専門で、『明治期農村織物業の展開』(東京大学出版会 一九七四年)、『産業革命期における地域編成』(お茶の水書房 一九八三年)をはじめ、多くの著作がある。氏の近代日本経済史研究は産業編成・地域編成・生活編成という三編成視点から日本産業...
本書を執筆した神立春樹氏はもとは近代日本経済史が専門で、『明治期農村織物業の展開』(東京大学出版会 一九七四年)、『産業革命期における地域編成』(お茶の水書房 一九八三年)をはじめ、多くの著作がある。氏の近代日本経済史研究は産業編成・地域編成・生活編成という三編成視点から日本産業革命を捉えるものであったという。その中から「明治の時代そのものを対象とする明治期研究の拡がり」(以上「まえがき」より)へとすすみ、『明治文学における明治の時代性』(お茶の水書房 一九九九年)という著作まで書かれているのである。 このような研究関心の広さを示す著者が高等教育制度史にかかわる本書を世に問うたのは氏の勤務されていた岡山大学が『岡山大学五十年小史』(一九九九年)を刊行したことと無縁ではないようだ。次いで氏は岡山大学を退職された後に二松学舎大学に移られるが、ここで氏は岡山大学とはまた異なった私塾系の私立大学と出会ったのである。 本書はそのような著者の大学史との出会いを契機に明治期の高等教育制度史を構造的把握しようとしたものと考えてよいだろう。 まず、本書の構成は左のとおりである。 第一 第六高等学校・岡山医学専門学校の設立 第二 明治三十六年度全国高等学校入学試験状況と山口高等学校 第三 岡山大学の前身校史 第四 国家の施策と高等教育機関 第五 近代日本高等教育制度史における二松学舎 各章は岡山大学、二松学舎大学の紀要等に書かれたものが下敷きとなっており、著者が大学の紀要に自らの覚書として書き残した文章をまとめて一冊の書物にしたというのが妥当であると言えよう。 第一では第六高等学校、岡山医学専門学校の成立史を『学制百年史』、『日本近代教育百年史』、『六稜寮史』といった基本文献、基幹史料に基づきながら概述している。第二では山口大学経済学部所蔵の文書綴の中にあった高等学校入学試験関連の史料を紹介する形で明治三十六年の高等学校入試の一端を垣間見る章となっている。第三は新制岡山大学の前身校であった岡山医科大学、第六高等学校、岡山師範学校、岡山青年師範学校、岡山農業専門学校の歴史のアウトラインを説明し、さらに大原農業研究所についてもその歴史的概要を叙述している。この項は一九九九年に刊行された『岡山大学五十年小史』の一部をなすものとして書かれたという。第四はこうした前身校の歴史を見ていくに際し把握しておくべき明治期の高等教育制度について基本文献をもとに整理した章である。そして第五は著者が岡山大学を定年退官後勤務することになった二松学舎大学の歴史を略述したものである。 このように本書はおおむね著者の職業的基盤となった大学とその周辺に対する関心からそれぞれの制度史の概略を整理したものとして読むことはできる。但し、本書が大学史研究に新たな知見を与えることを目的として執筆されたというふうには考えないほうがいい。使われている史料が特に目新しいものではなく、引用されている文献も一般的なものであり、格別大学史の先行研究を渉猟したという形跡はない。ただ、積年の経済史研究者としての執筆力によって一冊の著作にまとめ上げることができたのだと思う。 むしろ本書は岡山大学、そして二松学舎大学に職を得た一大学人が自らのアイデンティティを自身の奉職した大学の周辺の歴史を綴ることで確認した記念碑として理解すべきだろう。ともかく、一読して著者の長きにわたって勤めた岡山大学に対する愛情を感じ取ることができるし、二松学舎で出会った私塾という存在に対する素朴な歴史的感動も追体験することができる。 昨今、大学における自校史教育の実践が全国的に展開している。過保護過干渉で育った世代が偏差値教育の終点でもある大学に入学したとたんに学ぶ目的や意欲を喪失してしまうということは多々見かけられるようになってきた。大学に入ってから自らのアイデンティティを確立するためにも学生向けに個々の大学の歴史をまとめるということは必要であろう。本書は一経済史学徒がそうした問題提起を含めて自身が勤めた二つの大学に残した贈りものというふうに考えるのがよいだろう。
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