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静寂のノヴァスコシア の商品レビュー

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2013/03/06
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カナダ南東部から大西洋に突き出た半島、ノヴァスコシア。この荒涼とした地に関心を抱くようになったのは、寡作だが独特の作品世界を持つ作家アリステア・マクラウドの小説を読んでからのことだ。ノヴァスコシア州の最東端ケープブレトン島を主な舞台とした作品群は、強固な意志を秘めた主人公たちもさることながら、厳しくも美しい土地の魅力を存分に引き出していた。 そんな時、知人からこの本のことを教えてもらったのだ。著者のハワード・ノーマンは小説家で、ネイティブ・アメリカンの民間伝承収集家、熱心なバード・ウォッチャーでもあることは、本書の構成からも窺うことができる。 本書は四つの章で構成されている。第1章「わたしの有名な夕べ」は、読書好きの若い女性の奇異な生涯を、彼女が姉に綴った手紙をもとにして描き出している。原書の表題作である、この話に最も強い印象を受けた。ノヴァスコシアに住むマーレイ・クワイアは結婚し子どもも二人いたが、姉にもらった小説に夢中だった。その作者ジョゼフ・コンラッドがニュー・ヨークで朗読会を開くことを知ると、反対する夫を振り切り、独り大都会に旅立つのだった。しかし、その行為は彼女の人生を大きく変えてしまう。 ノヴァスコシアの住人ならではと思える不屈なまでの強固な意志とその実行力が結果として引き寄せる悲劇的な人生。一度こうだと思うと、そうとしか生きられない人間の業のようなものを、小説ではなく書簡という形式を使って読者の眼前に浮かび上がらせることに成功している。この作家、並々ならぬストーリー・テラーの才能の持ち主らしい。 第2章「愛、死、そして海―前触れと予言」は、先住民ミックマック族の民間伝承を収録しているのだが、その収集の際に出会った美しい女性との出会いと別離、時を経ての再会という、メロドラマ風の味つけが工夫されていて、これも楽しませてくれる。 評価が割れるのは「野鳥観察者のノート」と題された第3章だろう。野鳥観察愛好家なら文句なしに相好を崩すだろうが、門外漢には少し敷居が高いかも知れない。第4章はノヴァスコシアの詩人エリザベス・ビショップの研究者で自身も詩人であるサンドラ・バリーの肖像を彼女との会話から掬い取ろうとした人物スケッチ風の作品。 本書にも少しだけ登場するアリステア・マクラウドは、著者と一緒に出演したラジオ番組で「故郷をどう定義するか」と聞かれ、こう答えている。「ああ、わたしにはほかに何の最期も思いつかない。ぜひ、ケープブレトンに埋葬されたいね。それが故郷に戻ることになるだろう。つまり、ある意味では、それが”故郷”の定義となるね」と。 著者の故郷はヴァーモントで、死んだらそこに埋葬されたいと思っているが、ノヴァスコシアという土地には特別の感情を抱いているという。「それは心に突然の暗黒を、そして最も深い静寂をもたらす。感情は上下する。そのすべてに疲弊と興奮があり、愛情と混乱があり、強迫観念と驚異がある」と。機会があればぜひ、ノヴァスコシアを訪れてみたい。読者をしてそう思わせる魅力に溢れた紀行文である。

Posted byブクログ