十九世紀ロシア農村司祭の生活 の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
著者のI・S・ベーリュスチン(1820年頃~1890)はロシア正教の司祭の家庭に生まれ、自身も司祭職に就きました。 この本はとにかく強烈です。ロシアの農村の教会がここまでひどい状況にあったのかと目を疑いたくなってきます。 そしてなぜそうなってしまったのかを著者は語っていきます。 この本を読むことでいかにオプチーナ修道院が重要な場所であるか、ドストエフスキーにとってキリスト教というのはどういうものなのかということがより見えてくるような気がしました。
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ロシア正教会の司祭で教会問題に関する著述家でもあったという著者(1820〜1890頃)が、教会上層部を批判し、田舎司祭の困難な生活とその原因について情熱的(強迫的・一方的)に、しかし論理的に捲くし立てたとっても面白い本。空論ばかりを詰め込むうえ生徒に対する虐待も黙認される神学校、...
ロシア正教会の司祭で教会問題に関する著述家でもあったという著者(1820〜1890頃)が、教会上層部を批判し、田舎司祭の困難な生活とその原因について情熱的(強迫的・一方的)に、しかし論理的に捲くし立てたとっても面白い本。空論ばかりを詰め込むうえ生徒に対する虐待も黙認される神学校、共同作業中ウォッカばかり飲む農民「農民は、飲まさなければ腹を立てて真面目に働かないし、飲ませれば酔っ払ってろくに働かない」(著者は司祭から田畑を取りあげて代わりに給料を上げればタチの悪い農民と関わらずに済むと提案)、薄給のため何にでも礼金・献金・心づけを求めて民間人に嫌われる「司祭を軽蔑し、礼拝式を嫌うために結局、宗教そのものを否定的に考えてしまう。全ての正教徒が信仰に関して甚だしく無知であるが、この点にこそその最も深い原因があるのだ」「職を失った司祭は、身体障害者の状態よりもまだ悲惨である。身体障害者は、施しを求めることができるのに、司祭はそれが禁じられている。われわれのお偉方のお陰で、聖職者はこのざまである」(著者はルター派牧師が享受する福利厚生を大変うらやましがる)、経済的理由から本意でない結婚をする結果「若い司祭はすべてを憎むようになる。自分が住んでいる家の壁まで憎む。家にいるのは夫にとって苦しみである。――最後には酒に溺れてしまう」、高学歴の主教に蔑ろにされて益々いじける「簡単に言えば、主教は司祭を神の僕としても、司牧の仕事における自分の協力者としても、さらに人間としても考えたくないのだ」という話が続く。やはりウォッカと貧乏があの国の災いの元であると確認できました。初めは著者に無断で出版され著者を怒らせたというこの本、司祭の悲惨は基本的に全て他人のせいになっていますが、それは本当にそうだったのか、この人が図々しいのか、ウォッカで筆がすべったのか、農村司祭の利益を代表している使命感からなのかは私は判断しかねる感じです。きっと全ての要素があるにちがいないと想像する。翻訳・解説が◎。
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