金正日への宣戦布告 の商品レビュー
1997年に脱北した黄長燁の回顧録。 現在まで脱北した人々の中で最も高位の人物である。 著書のタイトルは「金正日への宣戦布告」と非常に物々しいが、内容は黄長燁が自らの生涯を振り返ったものであり、極めて淡々とした口調で書かれている。 同書は、植民地下の日本の中央大学の法学部で学...
1997年に脱北した黄長燁の回顧録。 現在まで脱北した人々の中で最も高位の人物である。 著書のタイトルは「金正日への宣戦布告」と非常に物々しいが、内容は黄長燁が自らの生涯を振り返ったものであり、極めて淡々とした口調で書かれている。 同書は、植民地下の日本の中央大学の法学部で学び、次第に哲学に目覚めて文字通り身を削って勉学に打ち込んだことについて多くのページが割かれている。 著者は最高人民会議常設会議議長や朝鮮労働党国際担当書記と北朝鮮でかなりの高位幹部に上り詰めた人物だが、その姿は政治家というより学者そのものである。 マルクス・レーニン主義より出発して、その思想を「人間中心」のものへと組み上げていく中で、後に北朝鮮の思想の中枢となる「主体思想」を完成させる。金日成や金正日の名で論文を書き、海外に北朝鮮の優位性を知らしめるために「主体思想」を広めていく。 彼が完成させた「主体思想」は、結果として金日成、金正日によって独裁の手段とされたわけだが、黄長燁は自らの出世や名誉よりも、金日成らの名を使って自らの「主体思想」を広めることを重視していたのではないかと思う。 もちろん「人間中心」の哲学を作った人物であるため、この思想を使うことで金日成、金正日らを「啓蒙」しようとしていたようではある。事あるごとに、(自らに身の危険が及ばないように冷静にではあるが)金正日に忠言したり、論文を書いて送ったり、一般常識を教えようとした、という。そうした彼の姿勢は、おべっかばかりを言う部下たちとは違ったのか、かえって金正日の信頼を得ることになったようだが、しかし金正日は人民の生活などに関心を向ける人間ではなかった。 人々が飢え、大学から道徳が消えていく、そんな北朝鮮の現状を見て、黄長燁は脱北を決意する。自らの信念を貫くために行動する、強い意志と鋭い頭脳を持っていた人なのだろうと思う。彼が生きている間に統一が達成されることはなかったが、黄長燁の脱北は彼をよく知る北朝鮮の高位幹部らに大きな衝撃を与えたであろうし、その衝撃がいつかなんらかの形として現れることを祈る。
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