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世界の果てのビートルズ の商品レビュー

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17件のお客様レビュー

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2023/06/27

舞台はスウェーデンはパラヤ村。最初に地図が載っていて、パラヤ村は北極圏の少し北、フィンランドと境を接しているみたいだ。なんてったって著者ミカエル・ニエミ氏がそこで暮らし育った、その思い出なのだ。南に住んでいる作家が北を舞台に書いたのとは違うのだ、と期待が膨らむ。 ・・一体何を想...

舞台はスウェーデンはパラヤ村。最初に地図が載っていて、パラヤ村は北極圏の少し北、フィンランドと境を接しているみたいだ。なんてったって著者ミカエル・ニエミ氏がそこで暮らし育った、その思い出なのだ。南に住んでいる作家が北を舞台に書いたのとは違うのだ、と期待が膨らむ。 ・・一体何を想像していたのだろう、サーミ族のテント暮らしなのか? いやいや、ミカエルは姉が手に入れたラジオでエルビスを聞き、そしてビートルズを聞き、一番の親友ニイラとロックバンドを結成して、村人の前で演奏するのだ。・・北極圏でも日本と違わない青春、音楽があったのだ、という驚き。この先入観。しかしミカエルの鋭い観察が記される。首都のある南部が基準の国で生きる北のルンド村。 著者ミカエルは1959年生まれ、家の前の道路が舗装されたのは60年代初め、道路がローラーで舗装される音を聞いた。ミカエルの住む地区はフィンランド語でヴィットライェンケとよばれていた。フィンランドとの国境の川トーネ川流域でトーネダーレン地方と呼ばれる。これは「おまんこ沼」という意味で、きっと子供が多かったせいだろうという。親たちは1930年代あたりに生まれていて、隣国フィンランドが冬戦争と内戦で疲弊しているあいだに、こちらスウェーデンはドイツに鉄鉱石を売って豊かになっていた、そして親たちは自分たちだけで住める家を手に入れた、とある。とするとその前は一族で一軒の家に住んでいたのか?それは分からない。 ミカエルの一番の親友ニイラは母親がフィンランド人でスウェーデン語が得意でないためあまりしゃべらず、しかし母親はニイラを本物のスウェーデン人にしたかった、とある。 しかしニイラ村に対してのミカエルの表現は興味い。小学校に入ると、南からやってきた担任は、僕らをスウェーデン社会でやっていけるように情熱を注いだ。そして地理では南のスコーネ地方が最初に出て来て、最後に僕たちのノーランド地方が出てくる。スコーネ地方は豊なので地図帳は緑だが僕たちの所はツンドラを示す茶色に塗られている。・・スコーネ地方、あの刑事ヴァランダーがいるところですね。 そして少しずつ理解した。ぼくらが住んでいるあたりは本物のスウェーデンではないのだ。たまたまくっついているだけで、ちゃんとしたスウェーデン人であるはずがなかった。ぼくらは違っていた。やや劣っていて、やや教育が低く、やや頭が鈍かった。このあたりにはシカもハリネズミもウグイスもいないし、有名人もいなかった。大邸宅も無いし大地主もいなかった。あるものといえば大量の蚊とトーネダレーン地方のフィンランド語の悪態と、共産主義者だけだった。 さらに続く。ぼくらの子供時代は奪われていた、物質的にではなく、奪われていたのはアイデンティティだった。南からやってきた教師は、僕らの名字を綴れないし発音もできなかった。 独力で食べていくのは難しく、国からの補助に頼らざるをえなかった。自作農家が破産し、畑が下映えの植物に覆われ、氷の解けたトーネ川では河川による運搬が禁止される前の最後の木材が流れてゆくのを見た。40人の木こりで運んだそれが1台のスノーモービルにとって替わられるのを見た。父親がキルナ鉱山に出稼ぎに行くのを見た。 僕らの学校は学力テストでは全国最低だった。テーブルマナーなどないし、室内でウールの帽子をかぶった。キノコ摘みをしたこともないし、野菜は食べないし、夏の風物詩とかいうザリガニ・パーディもないし、詩の暗唱や贈り物を美しく包むことも無かった。歩く時は外股だった。フィンランド人ではないのにフィンランド訛りで話し、スウェーデン人ではないのにスウェーデン訛りで話した。 ぼくらはなんの価値もなかった。 抜け出す方法はただひとつ。どこか別の土地で生きるしかない。ぼくらはここから出ていくことを望むようになった。ルンドで、セーデルテリエで。 南から戻ったのは、死んだ連中だけだった。自動車事故、自殺。のちにはエイズ。 ミカエルの語り口は軽妙だ。映画「サーミの血」の主人公はスウェーデンのサーミ族の少女だったが、そこでは同じ北部でサーミ人とそうでない人がいた。ミカエルはサーミ人だとは一言も書いてない。しかし北部は南部からは遅れている、とみなされていたのか。 2000発表 スウェーデン 2006.1.30発行

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2021/12/09

北極圏の村ヴィトラを舞台にした二人の思春期の少年マティとニイラの日常と、鬱屈とした長く暗い冬の日々を間歇泉的暴力の噴出で晴らす人たちを描いた物語。アフリカの司祭の話すエスペラント語の通訳をするニイラ、暴力的なニイラの父イーサック、ミズーリから来た従兄弟に貰ったビートルズのレコード...

北極圏の村ヴィトラを舞台にした二人の思春期の少年マティとニイラの日常と、鬱屈とした長く暗い冬の日々を間歇泉的暴力の噴出で晴らす人たちを描いた物語。アフリカの司祭の話すエスペラント語の通訳をするニイラ、暴力的なニイラの父イーサック、ミズーリから来た従兄弟に貰ったビートルズのレコード「ロックンロール・ミュージック」、テレビに映るエルビス、祖母の亡霊に取り憑かれるニイラ、ドイツ人の作家と鼠退治、黒いボルボの少女、バイサイクリストの音楽教師等々、二人の前に出現する多様な人物との強烈な体験が陸続と語られる。

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2017/09/12

スウェーデンはフィンランド国境付近の村の子供時代。どれだけ田舎だろうと、たくさんの輝きがそこにはある。 予想ほどビートルズとかロックンロールではないけれど、これはこれでよい話。 最後がちょっぴり切ないけれど、それも人生の苦楽。 そうして読み終わった私は、ビートルズの〝in m...

スウェーデンはフィンランド国境付近の村の子供時代。どれだけ田舎だろうと、たくさんの輝きがそこにはある。 予想ほどビートルズとかロックンロールではないけれど、これはこれでよい話。 最後がちょっぴり切ないけれど、それも人生の苦楽。 そうして読み終わった私は、ビートルズの〝in my life〟を聞くのです。

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2016/12/03

図書館で。 自叙伝なんだかフィクションなんだかよくわからず。時代も場所もポコポコ変わるのでなんだか読み切る自信がなく断念。

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2014/01/20

人が進んで足を運ぶことのないようなスカンジナビアの極北の村を舞台に、少年達が本場のロックンロールに憧れ、成長していく物語。全体としては笑い、虚しさ、色々な感情で彩られているが、そのどれもが筆者の生い立ちがなんとなく関わるようで痛々しい。作家は自分のバックグラウンドに根差す形でしか...

人が進んで足を運ぶことのないようなスカンジナビアの極北の村を舞台に、少年達が本場のロックンロールに憧れ、成長していく物語。全体としては笑い、虚しさ、色々な感情で彩られているが、そのどれもが筆者の生い立ちがなんとなく関わるようで痛々しい。作家は自分のバックグラウンドに根差す形でしか小説が書けないが、そういう意味でもこの小説は、人間の限界とその内側で何ができるかを教えてくれる。この筆者があってこの物語という小説。

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2013/09/16

スウェーデンの北部トーネダーレンの小さな村で生まれ育った著者の自伝的小説。 都会から来たいとこが貸してくれたビートルズのレコードに衝撃を受けて友達とバンドを組んだり、隠れて子供同士の飲み会を開いたりありきたりだけど女にもてあそばれたりとか、幼少期から青春真っ只中までがつづられてい...

スウェーデンの北部トーネダーレンの小さな村で生まれ育った著者の自伝的小説。 都会から来たいとこが貸してくれたビートルズのレコードに衝撃を受けて友達とバンドを組んだり、隠れて子供同士の飲み会を開いたりありきたりだけど女にもてあそばれたりとか、幼少期から青春真っ只中までがつづられている。 こんな青春を送りたいなではなくこんな風に自分に起こったことを描けたら素敵だなあと思った。

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2011/01/21

最近読んだ本で一番面白かった。作者は北極圏の出身。スウェーデンの領内だが、フィンランドとの国境の村なので、フィンランド語を話す。作者の自伝的小説。子供の頃から思春期までの物語。村の子供達は殴り合って生きていて非常に粗野。ロッタちゃんと同じ国の話と思えない。 自然の描写も美しい。色...

最近読んだ本で一番面白かった。作者は北極圏の出身。スウェーデンの領内だが、フィンランドとの国境の村なので、フィンランド語を話す。作者の自伝的小説。子供の頃から思春期までの物語。村の子供達は殴り合って生きていて非常に粗野。ロッタちゃんと同じ国の話と思えない。 自然の描写も美しい。色とりどりのオーロラ、凍てつく川。村の人々の結婚式の場面は面白かった。豪華なごちそうの後、両家親族の自慢大会になって、腕相撲したり、皆で裸になってサウナに入ってがまん大会をするのだ。また近所のおばあさんのお葬式をしたあと、相続をめぐって親戚一同の大げんかが始まったり、学校の先生が自転車でスクールバスと競争したり、ギターを買うためネズミ退治のアルバイトをしたり、奇想天外な転回になって読者を惹き付けてやまない。 村の因習も困難な歴史の背景も作者のユーモアのセンスで重苦しくならず、面白く読めた。さすがスェーデン人で12人にひとりが買った本だけある。映画もあるそうで、観てみたい。

Posted byブクログ

2010/12/13

スウェーデンの北の果て、北極圏の小さな村「トーネダーレン」で育った作者ミカエル・ニエミの半自伝的小説。 もっと全編バンドとロックンロールの話かと思っていたらそうでもなくて、スウェーデンの自然だとかアルバイトの話だとか、おじさんの婚礼の話だとか、友だちや家族のことだとか、多様な話題...

スウェーデンの北の果て、北極圏の小さな村「トーネダーレン」で育った作者ミカエル・ニエミの半自伝的小説。 もっと全編バンドとロックンロールの話かと思っていたらそうでもなくて、スウェーデンの自然だとかアルバイトの話だとか、おじさんの婚礼の話だとか、友だちや家族のことだとか、多様な話題がユーモラスに語られている。 そう、語り口にユーモアがあって、コメディ映画を観ているよう(実際2004年に映画化されているとか)。 おじさんの婚礼のときのご馳走がおいしそうだったなぁ… 「若い娘のほほのようになめらかな甘いロールパン、白くぱりっとしたカンゴス・ビスケット、みごとなパヤラ風クリーム菓子、しっとりしたスポンジケーキ、アイシングをかけた菓子パン、はっとするほど美しい北極地方のラズベリー入りロールケーキ… それだけでなく、ボウルいっぱいのホイップ・クリームと、太陽と黄金の味がする温めたばかりのクラウドベリー・ジャムも添えられていた。 (略) コーヒーに添えるために、冬用のタイヤほどもある黄金のチーズが転がされてテーブルの上に置かれ、甘いお菓子の中央には、メインである固くて茶色い干したトナカイ肉のかたまりが置かれた。塩気の強いトナカイ肉を薄く切ってコーヒーに入れ、さらにチーズをひとかけかき混ぜながら加え、くちびるに白い角砂糖をはさむ。そして全員が震える指で肉とチーズを混ぜこんだコーヒーを受け皿に空け、それをすすって天にも昇る美味を味わった。」(P130…デザートタイムの記述) 父親が大人になる心得として話す内容が、身につまされたというかなんというか… 「憂鬱な思いにふけるのも、心を病む原因のひとつだった。ものごとをあまり考えすぎてはいけない、できるだけ考えないようにしろ、考えるっていうのは、すればするほど心を傷つけるからな、と父さんはぼくに忠告した。その毒を消すには、きつい肉体労働が効く。雪かきをしたり、薪を割ったり、クロスカントリー・スキーをしたりするのが一番だ。なぜなら、ソファに座ってだらだらしたり、なにかに寄りかかって休んだりしているときに、人は考えるってことを始めがちだからだ。 (略) とりわけ大切なのは、宗教についてくよくよ考えないことだ。神と死と人生の意味なんていうのは、若くて傷つきやすい心にはきわめて危険な問題だ。うっそうとした森のように、たちまち道を見失って、最後には深刻な狂気の発作に襲われる。そういうのは歳をとるまで安心して放っておけばいい。そのころにはおまえも頑固になって強くなっているし、ほかにたいしてすることもないだろうからな。 (略) なによりも危険で、なによりも警告したいものがある。それは読書だ。そのせいで、大勢の不運な若者がたそがれの狂気の世界へ追いやられた。このけしからん習慣は、若い世代のあいだに広がっているようだが、ぼくがその傾向をまったく示していないことが、言葉では言いつくせないほどうれしい、と父さんは言った。精神病院は本を読みすぎた連中であふれている。その連中も、昔は父さんやぼくと同じように、強い体を持ち、率直で、快活で、バランスがとれていた。それなのに彼らは本を読みはじめた。」(P207)

Posted byブクログ

2010/10/01

北極圏に近いスウェーデン北部の村で生まれた少年は、ある日無口なニイラと友だちになる。それが、はじまりだった。雪と氷の世界の果てにも、音楽はやってくる。ロックとの出会い、はじめてのバイト、女の子。寒い地域のお話なのに心温まる、ボーイ・ミーツ・ミュージックな成長物語。

Posted byブクログ

2010/09/24

1960~70年代、少年マッティの幼い頃から思春期までを描いた小説。 舞台は、都市文化からはるか遠く離れた北極圏に近い村、スウェーデン北部トーネダーレン地方パヤラ村。 村の慣わしとなっている独特な風習や、そこに暮らす人々の頑なで素朴な気質を織り交ぜながら、時におかしく、時に切...

1960~70年代、少年マッティの幼い頃から思春期までを描いた小説。 舞台は、都市文化からはるか遠く離れた北極圏に近い村、スウェーデン北部トーネダーレン地方パヤラ村。 村の慣わしとなっている独特な風習や、そこに暮らす人々の頑なで素朴な気質を織り交ぜながら、時におかしく、時に切なく、時にお下品に、物語は進んでいきます。 ある日、親友のニイラがロンドンに住むいとこから1枚のレコードをプレゼントされます。それがビートルズ。 ニイラとマッティは、“ぶっ飛ぶような”衝撃を受けます。 実はビートルズについてはこのあたりで触れられるだけで、あとはほとんど登場しない。 最初は二人で、そのうち友だちと4人でバンドを始めるのだけれど、これが笑っちゃうほど下手くそだったりします。 男の子たちの無鉄砲さや愛すべきおバカさ、正直すぎるほどの感情の動きなど、結構笑えて、同時に心がしめつけられるような感じもします。 知られざる北欧の、とある一面を知ることができる小説。 映画にしても面白そうです。 "My Life As a Dog"のような感じで作ってもらえるといいかも。

Posted byブクログ