美のチチェローネ の商品レビュー
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-2006.08.01記 ドイツロマン派の19世紀半ばに書かれた、イタリア美術案内の古典的名著の抄訳本だが、その簡潔な文章からブルクハルトの鑑賞を堪能するには、私自身において聖書や西欧史への知があまりに貧しすぎる。それに加えて、ドイツ文芸学者とみられる編訳者の翻訳が、どうにも逐語訳めいた文章で、こういった美術評論.解説の類においてはいかがなものかと思われる。 たとえば、ラファエロ-1483-1520とほぼ時を重ね、パルマで活躍したというコレッジョ-1494-1534の絵について、 「コレッジョはまず、人間の肉体の表面が薄明と反射の中で最も魅力的な光景を呈することを知っていた。彼の<色彩>は肉体の色の中で完成し、空気と光における現象に関する果てしない研究を前提とする方法によってもたらされる。他の素材を特色づける際に、彼は技巧を凝らさない。全体の調和、移行の快い響きが彼にはもっと切実な問題なのである。しかしながら彼の様式の主要な特徴は、彼の描く人物像の一貫した<流動性>にある。それがなければ、彼にとって生命も完全な空間性も存在しない。空間性の本質的な尺度は、動く人物像であり、しかも現実の完全な外見とともに動く人物像、それゆえ状況に応じて容赦なく<短縮された>人物像である。彼は先ず彼岸の栄光に立体的に計測可能な空間を与え、その空間を力強く波打つ人物像で満たす。――この流動性はしかしたんに外的なものではなく、それは人物像を内部から貫いている。コレッジョは神経組織のこの上なく繊細な活動を推測し、認識し、そして描く。大きな線、厳密に建築学的な構図は彼においては問題にならない。雄大な開放的な美についても問題にならない。感覚的に魅力あるものを彼は豊富に提示する。あちこちで深く感じた魂が明るみに出る。その魂は現実から出発して、大きな精神的秘密を開示する。確かに雄大ではあるが、徹底して高貴で感動的で、無限の精神によって貫かれた苦悩の絵が彼にはある。ただ、それらは例外なのである。」 と長く引用してしまったが、この箇所などは私がまだしもある程度理解しえて、且つ印象深い内容と感じている件りの一例なのだが、美術評論の専門諸氏ならば、もっと直截簡明に本意を伝えてくれるだろうに、と思われてならないのだ。名著として誉れ高いロングセラーだけに惜しまれる。
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スイスの文化史家ヤーコプ・ブルクハルトの『チチェローネ』「イタリア美術作品の享受のための手引書」の絵画篇の抜粋訳。 授業で課題図書として提示されたので読みました。 ミケランジェロが批判的に示されているという風に聞いていたのですが、思っていたよりかは半分半分くらいの評価でした。 学...
スイスの文化史家ヤーコプ・ブルクハルトの『チチェローネ』「イタリア美術作品の享受のための手引書」の絵画篇の抜粋訳。 授業で課題図書として提示されたので読みました。 ミケランジェロが批判的に示されているという風に聞いていたのですが、思っていたよりかは半分半分くらいの評価でした。 学術書というよりかはやっぱりどこか案内書であるため、私のような詳しくない人間にとってわかりやすい一冊であったように思います。ただ、客観的な事実、意見というよりかは、著者自身の価値観に大きく偏っているので、全てを鵜呑みにするというよりは、このような見方もあるのだなと、価値観の補充に役立てるべき一冊と感じました。 人生で一度はイタリア美術に触れたいと改めて痛感した一冊でした。
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