迷走する家族 の商品レビュー
「夫は仕事、妻は家事・子育てを行って、豊かな家族生活をめざす」標準家族モデルは戦後の諸制度がその基盤を作り、高度経済成長がそのモデルを後押ししていった。これはオイルショック後の70年代に微修正が入り、家族行動の変化や社会制度の手直しによって維持されていったが、バブル崩壊後の199...
「夫は仕事、妻は家事・子育てを行って、豊かな家族生活をめざす」標準家族モデルは戦後の諸制度がその基盤を作り、高度経済成長がそのモデルを後押ししていった。これはオイルショック後の70年代に微修正が入り、家族行動の変化や社会制度の手直しによって維持されていったが、バブル崩壊後の1998年には遂に限界に達し、このモデルが解体に進みつつある、というのが主論となっている。2005年刊行だが、解体期の話は10年後の現在でも通用するのではないかと思う。98年以降の解体期に著者自身が迷走していたあとがきの話が興味深い。
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晩婚化&少子化のみならず、離婚率の上昇、自殺者の増加、虐待やネグレクトなど子育ての質の低下……「家族の機能が低下している」ことの原因はなにか? それは従来の「家族モデル」が機能不全に陥っているから、というのが本書。 晩婚化・少子化の原因として、よく若者が「サラリーマン&専業...
晩婚化&少子化のみならず、離婚率の上昇、自殺者の増加、虐待やネグレクトなど子育ての質の低下……「家族の機能が低下している」ことの原因はなにか? それは従来の「家族モデル」が機能不全に陥っているから、というのが本書。 晩婚化・少子化の原因として、よく若者が「サラリーマン&専業主婦型」のような従来モデルを重視しなくなったことが挙げられる。また、家族の機能不全について「家族に関するモラルが低下しているから」という説もある。しかし本書の主張は、「従来モデルを固守するあまり、それが自己目的化し、現実とくいちがってきている」というものである。 つまり、「意識が変化している」のではなく、「現実が変化しているのに、意識が変わらない」から問題が起きているのだというスジである。かつて高度成長時代は、どんどん高収入化・高学歴化がすすんでいたから、若い男性と結婚しても現在の生活レベルを落とさず、将来においても豊かな生活をあてにできた。しかし低成長下の現在では、若い男性の給料では、専業主婦を維持しながら中流生活を営むのは不可能。親元にパラサイトしていたほうがよっぽど豊かな暮らしができるから、結婚しないのだと。 かつては社会に適合していたひとつのモデルがあったが、現在ではその維持が限界に達し、解体の危機に瀕している。ところが、あらたにとってかわる「理想の家族」モデルは見あたらない。家族の「迷走」がはじまっている、と著者は警告する。 さて、ここまではいいとして。どうにも納得ができないことがいくつかある。 まず、著者は「意識が変わらない」というが、適齢期の未婚女性に「理想のライフコース」を聞いたアンケートでは、「専業主婦」と答える割合が1992→1997のあいだに33%→21%と大きく低下している(出生動向基本調査 2002)。このマイナス分がどこにいったかというと「両立」である。「理想」を聞いているわけだから「ホントは専業主婦がいいんだけど経済的事情でしかたなく」なんてものは関係ない。やはり「意識」も変わってきているんではないか? それにしても33%だしね。「専業主婦」はほんとうに「理想モデル」だったのかな? そこんとこの検証はないの? 若年男性の相対的な収入低下が晩婚の原因というのも、まぁ長い目で見ればそういう面もあろうけれど。収入の低い男性に未婚率が高いのは昔からだし。でも、収入が高い男性の未婚率も昔から高いのだ。それどころか、女性でも、まんなかあたりの収入層が結婚しやすく、両端の未婚率が高いのは変わらない。こういう「変化のなさ」を見ると、「戦後家族モデル」がどれくらい現実の結婚行動を変えてきたのか、その引力について過大に見積もりすぎているのではという疑問をぬぐえない。 そもそもこういったリクツ、どこまで新鮮かというと? 大筋としては、山田がパラサイト論のなかで繰り返し述べてきたことと変わらない。それと『希望格差社会』の「リスク化」「二極化」論をミックスして、「家族観」にあてはめただけ、なんじゃないかな。 だから『希望格差社会』でオレが感じた違和感もそのまんま。雇用情勢の不安定化について、やたら「ニューエコノミー」を強調するのだが……デフレ不況にでワリをくった若者の就職難という、より単純なシナリオは採用されない。「ニューエコノミー」は検証なしで当然扱い。まぁ「パラサイト論」的には、若者を悪者にしておいたほうが都合いいもんね。 経済論の記述に、とくに「うにゃっ?」となるところが多かった。「中小企業を守り、終身雇用・年功序列を守る代償として、被雇用者の収入の伸びは鈍化せざるをえない」みたいな、どこの「小泉構造改革万歳論者ですか」なものいいがあるのも気になる。つーよりこの文章、オレには前後がきちんと結べるとは思えない。いったいどんな関係が? いろいろと違和感があるのはおいといても、そうじて二番煎じ的というか、出し殻ちっく。論拠となるデータについて「ほんとにソレでいいの?」みたいなあとづけ感があるのも『希望格差社会』ゆずり(けど、本書のほうが少しマシだとは思う)。オレ的には「読まなくてイイ本」。
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※このレビューにはネタバレを含みます
「パラサイト・シングル」のネーミングでよく知られる社会学者の家族論。 基本的には、戦前・戦後(高度成長まで75年)・戦後低成長時代(98年)・その後という中で、家族のモデルが変化してきたことが家族のありかたを規定しているという論である。 特に家族モデルが、近代から現代に移り、目標とするモデルや手段が不明確になったのが、今の不透明な、「迷走する家族」の原因だと考えている。モデルが不明確になっているために、目的・目標・手段が混在となって、家族としてわからないことが多くなっているのではないか。 ただし、これは日本だけに限らず、先進国にはこのような形のことが見られることも含めて、社会学者ならではの政治の介入を求めている面もある。 歴史の流れ、モデルでの説明からすると読みやすい本では?
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日本の家族問題について明治期の家族モデルから順に丁寧に解説されていて、家族問題について書かれた書籍の中では一番参考になった。
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学生のテキストだからこそ「わかりやすく」てよかった。 標準家族モデルの変容と今後の課題まで述べられている。 家族社会学を俯瞰できる。
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いわゆる「家族」というものが、近代に発明され、政策的に普及した、一種の共同幻想にすぎず、その共同幻想が、社会の変化に伴って崩壊し、地金の露出してきた現状を、本書はいろいろに分析してみせます。 先に読んだ「子供が忌避される時代」よりも、もう少し大きい枠組みで、現代の家族問題の発生...
いわゆる「家族」というものが、近代に発明され、政策的に普及した、一種の共同幻想にすぎず、その共同幻想が、社会の変化に伴って崩壊し、地金の露出してきた現状を、本書はいろいろに分析してみせます。 先に読んだ「子供が忌避される時代」よりも、もう少し大きい枠組みで、現代の家族問題の発生源をさぐろうという試み。 分析の部分は非常に面白いですが、本書もやはり、落としどころが今ひとつよくわからない。結論短いし。 これからの家族はどうなっていくんだろう。今の形態を捨てたとき、何が残るんだろう。あるいは、どう変わっていくんだろう。どう変わろうとしているんだろう。 私だけでなく、みんなわからないんだな、ということが、わかりました。
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