ロスチャイルドのバイオリン の商品レビュー
チェーホフの短編とイリーナ・ザトゥロフスカヤの絵とのコラボで出来上がったステキな一冊。 小さな町で棺桶屋をしているヤーコフは、貧しい暮らしをしている老人だった。 その町は老人ばかりなのに、亡くなるのは稀で、棺桶を作る商売は全く儲かることがない。 唯一の、ヤーコフのささやかな...
チェーホフの短編とイリーナ・ザトゥロフスカヤの絵とのコラボで出来上がったステキな一冊。 小さな町で棺桶屋をしているヤーコフは、貧しい暮らしをしている老人だった。 その町は老人ばかりなのに、亡くなるのは稀で、棺桶を作る商売は全く儲かることがない。 唯一の、ヤーコフのささやかな副収入は、婚礼の祝宴での演奏に雇われ、得意のヴァイオリンを弾くことだった。 俄かオーケストラには、コントラバスやフルートなどもいるが、フルートを吹く男は、ロスチャイルドという男で(あのロスチャイルドとは無関係)、別にこれといった理由もないにもかかわらず、ヤーコフはロスチャイルドを毛嫌いする。 そして、ヤーコフはユダヤ人で構成されてるそのオーケストラに呼ばれなくなる。 ヤーコフの妻のマルファが病気になった。 数日後、マルファは死に、ヤーコフの作った棺桶におさめられた。 埋葬を終えたヤーコフは深い憂愁に襲われる。52年間も一緒に暮らした妻に一度も哀れみをかけずいたわらなかったことに気づいたから。 感傷に浸ってるところに、ロスチャイルドが微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。 虫の居所が悪かった彼は、ロスチャイルドに罵声を浴びせてしまう。 あてもなく町外れに足を向けたヤーコフは、50年前に妻と亡くなってしまったかわいい娘と歌を歌った川のそばの柳をみつける。 柳も老いていた。ヤーコフは人生を思った。自分の不甲斐なさを思った。 ヤーコフにも死が近づいた。彼はヴァイオリンを弾く。ロスチャイルドのフルートの音色と同じように悲しい音。 死後、残されるヴァイオリンを思った。 ヤーコフは、ロスチャイルドにヴァイオリンを遺して死ぬ。 ロスチャイルドはフルートを吹かなくなり、ヴァイオリンばかりを悲しい音色で弾くようになった。 すばらしい短編である。 イリーナ・ザトゥロフスカヤの挿画は、墨で描かれているようでルオーの作風と似たところがあるように思う。 結婚し、授かった娘も亡くし、貧しく、ヴァイオリンしか傍らにないと信じていた男の心は、ささくれだって誰も触れることができない。 触れれば、自らが傷ついてしまうから。 しかし、妻は黙ってヤーコフのそばにずっといたし、ユダヤ人のロスチャイルドも彼に蔑まれても友愛を示してくる。 この本は、子供から大人まで誰が手にとってもよい本である。 そして、年齢によって、感じ方が異なる本だろう。 自分の感じた真実を受けとめた時、ヤーコフのヴァイオリンの音色がはっきりと聴こえてくるような気がする。 未知谷は、チェーホフ生誕150年として、チェーホフ・コレクションを刊行している。
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自分にとって本当に大切なものは、何だろうか? 日々の忙しさで見失っているものは、ないか? マイナスの部分を見つけては、その損失を嘆いてばかりいないか? どうしようもないもののように映る、主人公・ヤーコフの人生。けれど、人は変われるのだ。いくつになっても、どんな状況であっても、必ず...
自分にとって本当に大切なものは、何だろうか? 日々の忙しさで見失っているものは、ないか? マイナスの部分を見つけては、その損失を嘆いてばかりいないか? どうしようもないもののように映る、主人公・ヤーコフの人生。けれど、人は変われるのだ。いくつになっても、どんな状況であっても、必ず、変われる。そして、誰かの中に、明るい未来を残して、死ぬことができるのだ。 絶望と、人の心の醜さを描いたような、この小さな物語は、最後に、明るい希望の光を灯して終わる。 絵本という形をとるこの物語は、まさしく、大人のための絵本。 あっという間に読んでしまったけれど、何度もかみしめて読んだら、また、新しい何かを見つけられるような気がする。そんな不思議な、小さな物語だった。
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