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『ニルス』に学ぶ地理教育 の商品レビュー

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2009/10/07

先日紹介した,関戸明子『近代ツーリズムと温泉』と同じ,「叢書地球発見」の1冊。著者は現在茨城大学の助教授をされているが,地理教育の専門家で,1995年に『人文地理』に論文を書きながらも中学校で地理教育の実践を行なってきた人物。ちなみに,その1995年の論文はスウェーデンの地理教育...

先日紹介した,関戸明子『近代ツーリズムと温泉』と同じ,「叢書地球発見」の1冊。著者は現在茨城大学の助教授をされているが,地理教育の専門家で,1995年に『人文地理』に論文を書きながらも中学校で地理教育の実践を行なってきた人物。ちなみに,その1995年の論文はスウェーデンの地理教育に関するもので,かつてからスウェーデンに関心を持ち,実際にスウェーデンを訪れ,また当然だがスウェーデン語も読む。 ニルスとは私もちゃんと知っているわけではないが,日本でもNHKで放映されていたアニメ『ニルスのふしぎな旅』を通して知られる,小さくされてしまったニルス少年がガチョウの背に乗って,スウェーデン中を旅するというお話。本書は,その『ニルス・ホルゲンソンのふしぎなスウェーデン旅行』は1906年に小学校高学年の地理の教材として書かれたものであるという。しかも,作者のセルマ・ラーゲルレーヴという女性作家はノーベル文学賞も受賞しており,スウェーデンの紙幣にも肖像画が描かれるという国民的作家。しかも,学校の教師をしていたという。そして,この『ニルス』は55章からなる2巻本であり,日本でも多くのヴァージョンがある翻訳の多くは抄訳だという。しかも,その多くは地理の教材としてではなく,冒険物語だけを強調した児童文学になっているとのこと。もちろん,それは日本に限られたことではなく,スウェーデンの具体的な地理的記述の部分は大幅に省かれるのは当然のことである。 著者はそんな有名な作品の真の姿を,地理学者として明らかにしたいということと同時に,その地理的記述を解釈するのを目的としている。さらには,20世紀初頭のスウェーデンにおける,新たな試みとしてのこの作品の製作という地理教育的実践から,21世紀の日本における地理教育のあり方を探ろうというのも,重要な目的である。『近代ツーリズムと温泉』の時にも書いたが,B6サイズのペーパーバックである本書は持ち運びにも便利で,ページ数も限られとても読みやすい。それでいて,内容はとても充実していて構成もしっかりしている。大抵,日本の地理学者がこうした作品を扱うとテーマが限定されるのと,その分析の稚拙さに大した研究にはならないが,本書はその地理学的関心を中心に据えながらも,それに限定されることなく,考察が及んでいて,本当に素晴らしい本だと思う。そして,本書は2007年度に人文地理学会の一般図書部門で賞を受けている。 もちろん,自称メディア研究者であり,批判的立場に立つ私からは不満点もなくはないが,ともかくこうした研究が書籍として出版され,それが一定の評価を得ているという事実は手放しで喜ぶべきことだ。しかも,著者はさらにニルス研究を進めているという。次はどんな形でそれを発表するのか,恐らく難しいところだと思うが,大いに期待したい。

Posted byブクログ