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夢遊の人々(上) の商品レビュー

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2012/10/02

19世紀後半から20世紀前半あたりのドイツが描かれる『夢遊の人々』。上下合わせて約1200ページの大作である。三部構成で第一部「1888年 パーゼノウ またはロマン主義」、第二部「1903年 エッシュ または無政府主義」、第三部「第3部 1918年 ユグノオ または即物主義」とな...

19世紀後半から20世紀前半あたりのドイツが描かれる『夢遊の人々』。上下合わせて約1200ページの大作である。三部構成で第一部「1888年 パーゼノウ またはロマン主義」、第二部「1903年 エッシュ または無政府主義」、第三部「第3部 1918年 ユグノオ または即物主義」となっている。第三部が特に実験的な手法を駆使していて、途中読む集中が切れてしまったりしたけど、何とか最後まで読めて満足した。 解説や他の人の感想などいろんなところを総合すると「人はいかにして夢遊の状態に陥るのか」ということが書かれていることの一つだと言えそうだ(そのことしか書いていないのかもしれない)。第一部、第二部はリアリスティックな手法で読みやすい。その分退屈と思えるところもあるが、ところどころいろんなことをこちらへ考えさせる断片がある。たとえば「制服」についてであったり「簿記」であったり。 「制服」のくだりは第一部に出てくるのだけれど、「制服」が人を縛るもの、というのはわりとイメージしやすい。「学校の制服を撤廃せよ!」なんて血気盛んな若者の叫びとかそうでなかろうか。何かに縛られることによって思考停止に陥ってしまい、結果「夢遊」状態になる。このへんはなじみのある感覚だ。 でも例えば「簿記」は? 第二部に登場するエッシュは、しばしば「勘定が合わない」とか会計用語で自分の感情を測定しようとする。こういう風に書かれると読んでいる側は「戯画的だなあ」と客観的に受け止めることができるけれど、「自分も案外そういうところに陥ってないか?」と自問自答したりすることにもなる。損や得を何かのルールにのっとって測定するのは、実は夢遊の始まりなんじゃないか。 第一部と第二部は、それほど劇的なところのない話なのだけれど、普段住んでいる家とか慣習のような身近なものが、人の心に少しずつではあるけれど、後で振り返ると決定的だと思えるような影響を及ぼしていて、「あなたはこういうものでできているのですよ」と語りかけられるような気持ちになる。分析が正しいのかどうかは判定がしにくいのだけれど、分析を精密にしていく意志はこの小説から強烈に感じる。 ナチスの台頭へ至る、群衆のぼんやりとした心理を活写している、というような記述もあり、どこかずっと薄暗い霧がかかったような毎日を想像しながら、ずっと読んでいた。今の時代も先行きが不透明だとか言われるけれど、その不透明な感覚は実は本当に意外なところに潜んでいるのかもしれない。「失業率が~%」とか、そんなわかりやすいところではなくて、例えば整然と並んだ家屋のような本当に何気ない風景とか。 裏表紙には「英語圏のジョイス、仏語圏のプルーストと並んで~」のような記述がある。観念的でいかにも独語圏の作品らしい作品だった。

Posted byブクログ