仮往生伝試文 の商品レビュー
「いま暫くは人間に」より 時差に迷い出た幽鬼のごとき心地に足もとからひきこまれる。 ただし、ほんのわずかな間しか、その境は続かない。 この本、まさにそれ。ただ、ひきこまれる回数が半端無く多い。
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題名の通り、仮の往生を伝える試みの文章、として展開される小説(のようなもの)。仮往生とは奇妙な言葉だが、聖人の一回ぽっくりの往生ではなく、生きながらの往生、ゆえにその度ごとの往生、といったところか。いにしえの往生譚と作者と思しき語り手の日記を往き来しつつ、仮往生をめぐる感想とも妄...
題名の通り、仮の往生を伝える試みの文章、として展開される小説(のようなもの)。仮往生とは奇妙な言葉だが、聖人の一回ぽっくりの往生ではなく、生きながらの往生、ゆえにその度ごとの往生、といったところか。いにしえの往生譚と作者と思しき語り手の日記を往き来しつつ、仮往生をめぐる感想とも妄想ともつかない語りが重層的に、自在にひろげられていく、というのが話の骨格。 「虚と実、死と生、夢と現の境界を果てしなく越境し、文学の無限の可能性を尽した畢生の傑作」とオビにあるが、まさにそうとしか形容のしようがない作品。境界をさまざまに往還していく語りの端々に、静かな狂気がまるで薄靄のようにゆっくりと、ひっそりと立ちこめるのを目撃したとき、私のなかの何かが震えた。しかしその何かがなんだったのかが、読み終えてみるとすでに分からない。 文章としては、主語の省略や曖昧な表現が多く、決して読みやすくない。しかしそうした(おそらく自覚的に意図された)表現上の抑制が、この小説をして、日本語におけることばの美しさの可能性をある極みにまで高めさせた秘訣なのだと思う。 個人的には、埴谷雄高の『死霊』、藤枝静男の『田紳有楽』に並ぶ、日本の小説における最高傑作。この小説を論じ、評するにふさわしいことばを自分が持っていないことにがっかりさせられる。
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