日本人とオオカミ の商品レビュー
日本からオオカミの姿が失われて久しい。 本書では、かつて存在していたオオカミが、日本人とどのような関係を築いていたのか、文献や証言などから探っていく。 中国や欧州での事例と比較しつつ、史料・文献などからその関係性を探っていく第2章が中心だが、第3章の、「オオカミがいた頃」を知って...
日本からオオカミの姿が失われて久しい。 本書では、かつて存在していたオオカミが、日本人とどのような関係を築いていたのか、文献や証言などから探っていく。 中国や欧州での事例と比較しつつ、史料・文献などからその関係性を探っていく第2章が中心だが、第3章の、「オオカミがいた頃」を知っている人々の証言もまた貴重である。 2003年発刊の本だが、1989年から91年まで、新聞連載された記事を元に、改稿している。 著者によれば、オオカミは、実は、日本の昔話の中にはさほど多く出てこないそうだ。特に、欧州の「赤ずきんと狼」のように狡猾で倒すべき相手として、また「餓狼」と呼んで忌み嫌った中国のように、激しく拒絶する形の話はまず見られないという。 食用家畜を持ち、また農耕においても家畜への依存度が高かった中国・欧州の人々にとっては、オオカミが家畜を襲い、生活の根幹を脅かす存在であったのに対し、日本人にとってはオオカミの害はこうした国々ほどではなく、むしろ、農作物を荒らすイノシシや鹿の害を防いでくれる存在であったことが大きいのではないかと考えられるようだ。 古代から平安時代に掛けては、文献の中にオオカミが見られる例は少ないが、中世には、ちらほらとオオカミが出てくる。 江戸時代前・中期あたりから、オオカミが人を襲う記録が出てくる一方で、オオカミを神として祀り、害獣を追い払い、火災・盗難除けを祈る信仰が盛んになってくる。説話の中で、オオカミが人に化ける話が出てきたり、俳句などの文学作品にもオオカミが登場しはじめたりする。 オオカミと人との接触が増えた時期であることの裏返しなのだろう。 1つおもしろいのは、神に化けた猿が人身御供を求め、それを阻止するのに、よその地域から借りた犬が活躍する説話の成立に関する考察である。原型は今昔物語にさかのぼるが、犬を借りてくるという部分が付け加わったのは実はこの時期であるらしい。オオカミ信仰が盛んだった頃で、各神社では、神の使徒としてオオカミを送る意味を込めて、オオカミの絵が描かれたお札を配ったという。人身御供説話での犬は実はオオカミで、神の使徒が猿害から人を守るという意味が古くからの話に付け加わったのではないか、というのだが、なかなか興味深いところである。 信仰される例もありながら、しかし、人との接触が増えるということは、不幸にして、オオカミに受ける害も増えていく、ということである。オオカミは徐々に、神としてより、凶獣として見られるようになったようだ。 昭和初期には、意外に多くの人が親から聞いた話として、また自分でも見聞きした話として、オオカミについて語ることが可能だったようだ。本書には、こうした時期、人々が語った記録が文献から抜き書きされている。 オオカミに関する様々な人々の回想譚はどこか郷愁を誘う。それはそうした話の向こう側に、姿を消しつつある里山の風景が浮かぶからだろう。 オオカミは塩気を好み、外に溜めてあった人の小便を飲みに来る。 俗に「送りオオカミ」というと、人にそっと付いてきて、転んだり躓いたりすると襲いかかるものを指した。これとは逆に、まるで、他の獣や魔物に襲われることがないように、影のように人を守っていたと思われるような例もあったという。 子どものオオカミを拾ってきて育て、犬と交配させたという話もある。 またオオカミの牙を魔除けにして身につけたり、骨を削って薬として呑んだりといったこともあったようだ。 逸話の中で、人がオオカミを見る目には、畏れを抱きつつ、けれども激しく嫌悪するのではない、微妙な距離感がある。 オオカミとヒトとの間には、柵ではない、どこか境界線のぼんやりした緩衝地域があり、そうした場所で時折、互いが出会い、あるいは気配を感じ、あるときには不幸な衝突が起こる。 互いに不利益なことも、有益なこともありつつ、なお、共に「ある」。 それが野生動物との共存なのかもしれない。 本書の著者はオオカミは消えるべくして消えた、と言っている。 ニホンオオカミ絶滅の理由には、諸説あるようで、犬から感染したジステンパーが猛威をふるったという説も、また明治期、鹿などの獲物が大幅に減ったという説もある。 昔には戻れない。ニホンオオカミは、理由はともかく、一度は消えた。 里山もかつての姿ではなく、オオカミも絶滅した今、このあと、もしもオオカミを再導入する試みがなされ、成功するとしたら、それはまったく新しい、別の姿で成立するものなのだろう。 現代日本とオオカミとの共存。それは可能なのだろうか? かつてのオオカミに思いを馳せつつ、ふと考えている。
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ヨーロッパのオオカミは寓話によく登場し、人を喰らう。しかし、日本での昔話類に、そういったオオカミの姿は見当たらない。 日本人とオオカミとの歴史には、なにが隠されているのだろうか……。 記紀において“貴き神”と呼ばれ、万葉集では枕詞“大口の”をかぶせて飛鳥の地の“眞神原”と歌われた...
ヨーロッパのオオカミは寓話によく登場し、人を喰らう。しかし、日本での昔話類に、そういったオオカミの姿は見当たらない。 日本人とオオカミとの歴史には、なにが隠されているのだろうか……。 記紀において“貴き神”と呼ばれ、万葉集では枕詞“大口の”をかぶせて飛鳥の地の“眞神原”と歌われた古代から、人襲撃、通常は起こりうるはずのない共食いの記録などが残る、安土桃山時代から江戸時代の近世まで、神から凶獣へと長い年月を経て変わっていったオオカミ像の変遷をたどる。 『第3部オオカミがいたころ』では実際にオオカミを目撃した経験を伝える各地の老人へのインタビューを掲載。ニホンオオカミが絶滅する寸前の記憶を伝える。 1989年~1991年『毎日新聞』奈良県版に連載されたものを、その終了から10年以上を経て書き直し、出版されたノンフィクション。
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記録に残っている日本人とオオカミとの関わりや、実際にオオカミがいた頃遭遇した人々の話など。実際の信仰の様子をリアルに想像できるのは「オオカミの護符」だったけど、歴史の流れやルーツを辿れる記録と併せて読むとよりイメージが湧きやすい気がします。信仰だけでなく、現実のオオカミがどう人間...
記録に残っている日本人とオオカミとの関わりや、実際にオオカミがいた頃遭遇した人々の話など。実際の信仰の様子をリアルに想像できるのは「オオカミの護符」だったけど、歴史の流れやルーツを辿れる記録と併せて読むとよりイメージが湧きやすい気がします。信仰だけでなく、現実のオオカミがどう人間と関わり合ってきたのかという部分も面白い。
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副題が「世界でも特異なその関係と歴史」。内容はこれにつきます。学術書の側面が強いので、内容は説明しづらいのですが。オオカミファンは必読です(笑)最近でた本なので、読みやすいです。これを読んでニホンオオカミに思いをはせるのも、楽しいのではないかと……自分は楽しかったです……。
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