天皇の影をめぐるある少年の物語 の商品レビュー
1931年生まれのフランス近代史・都市社会史の研究者である著者が、自らの幼年時代・少年時代の記憶を辿り直した一冊。とはいえ、いわゆる自伝や回想録の類とはスタンスとスタイルを異にしている。冒頭に村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』のノモンハン戦争にかかる描写から召喚された記憶を、末尾...
1931年生まれのフランス近代史・都市社会史の研究者である著者が、自らの幼年時代・少年時代の記憶を辿り直した一冊。とはいえ、いわゆる自伝や回想録の類とはスタンスとスタイルを異にしている。冒頭に村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』のノモンハン戦争にかかる描写から召喚された記憶を、末尾に大江健三郎『戦いの今日』に刻まれた物語によってより明確なイメージを結んだ記憶を配置したことが端的に示すとおり、個別的な記憶と集合的な記憶を往還させながら、自己自身の体験をつとめて分析的に位置づけようという態度で一貫している。その結果、著者のいわゆる「軍国主義」時代の経験、その時期の天皇に対する意識のありようが、きわめて明瞭に、かつ具体的に記述されていく。一般的な歴史語りからはこぼれ落ちてしまうような襞が随所に書き込まれていて、この時期を生きた人々の「リアル」を想像するうえで、とても参考になった。自分にとって重要な本となる予感がヒシヒシと感じられる。
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