悔悟者 の商品レビュー
ニューヨークで暮らしていたユダヤ人、ヨセフ・シャビロ。不貞を働き大金を稼ぎ、やりたい放題生きていた彼がある事件をきっかけに「ユダヤ性」を取り戻したいと望むようになり、イスラエルに戻っていく。 俗世間の文化へと墜ちた後、再び厳格なユダヤ教徒へ戻った人のことを「悔悟者」といい、この悔...
ニューヨークで暮らしていたユダヤ人、ヨセフ・シャビロ。不貞を働き大金を稼ぎ、やりたい放題生きていた彼がある事件をきっかけに「ユダヤ性」を取り戻したいと望むようになり、イスラエルに戻っていく。 俗世間の文化へと墜ちた後、再び厳格なユダヤ教徒へ戻った人のことを「悔悟者」といい、この悔悟者ヨセフが自身のそのユダヤ性を取り戻していく過程を、主人公(おそらくシンガー)に語るという形で物語は成り立っている。 「モスカット一族」のテーマと同様、現代社会の中でユダヤ人が生きていく上で、彼らが大切にしてきた信仰はどうあるべきなのかを問う内容。 誰にでも沸き起こる欲や衝動を心の中の罪の声とし、それにどのように抗い、折り合いをつけながら現在の立場へと至ったのかを滔々と語っていく。 モスカット一族と同様新聞に連載していた物語なのと、さらに一人の人間がユダヤ性を取り戻すための流れを時系列で話していく形式なので非常に読みやすい。 信仰にまつわる部分も適宜注釈が入るので、とてもわかりやすい。 わかりやすい分、テーマに集中できる。 ヨセフは、ユダヤ人としてのアイデンティティを取り戻すために、現代社会のメリットである部分もすべて捨て、かつて人々が強固に守っていたユダヤの教えに帰依していく。 一方で本書の後書きで、著者であるシンガーは、このヨセフの行動を正解であると考えていない。 あくまでありうる答えの一つとして、彼を描いている。 とても印象的なのは、現代でストイックな信仰を持っている人たちは、現代社会のメリット、誘惑に従う快感などを知らないわけではない。 そしてユダヤの教えを厳格に守る人々は、本当に慎ましい生活を送ることを(自ら)強いる必要がある。 昔のように、生まれた時から周りにいる人々がすべて同じ生活をしており、何も疑わずにその生活に入っていくのであればそれほど抵抗はないだろう。 一方で現代のように、(彼らの言うところの)堕落した生活、甘い生活を見た上で、敢えてその道に入るというのは、過去の求道以上に精神力が必要になる。 ヨセフの生き方は、果たして正解なのだろうか。 とても心に残った一節があり、要約すると、「罪を行うことそれ自体にはほとんど快感はない。罪はそれを自慢したときに快感となるのだ。」というもの。 これはほんとうにその通り。行きすぎた承認欲求や自己顕示欲のようなものは、もちろん昔からあったとは思うが、現代の社会的病理の一つである。 自慢をしたときの快感を得るための生活というのは、現代社会を生きる我々のモチベーションの一つとなっている。 本書で言うユダヤ性の対極にある性向である。 我々のような特に信仰の強くない読者からすると、ヨセフのような生き方も極端だと思う一方で、このような病理的な心理を客観的にみると、現代の文化にも違和感を感じざるを得ない。 神がいようといまいと、神を持とうと持つまいと、何を信じ、何を基準に生きるのかは常に問いながら生きていきたい。
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