東都芝居風土記 の商品レビュー
拙ブログで以前、長島明夫・結城秀勇編『映画空間400選』の書評的なことを書いたとき、その文中〈小百科〉という形式への愛を表明させてもらったことがある。 事の発端はわが小学生時分、父が職場で何かの表彰を受けた際の副賞としてもらって帰ってきた、高塚竹堂の『書き方事典』(野ばら社)...
拙ブログで以前、長島明夫・結城秀勇編『映画空間400選』の書評的なことを書いたとき、その文中〈小百科〉という形式への愛を表明させてもらったことがある。 事の発端はわが小学生時分、父が職場で何かの表彰を受けた際の副賞としてもらって帰ってきた、高塚竹堂の『書き方事典』(野ばら社)を奪って、隅から隅まで何度も舐めるように日々眺めたことに始まる。子どもというのは、変なところで執念深さを発揮する動物らしい。そして大学時代にギュスターヴ・フローベールの『紋切型辞典』を読んでから、また〈小百科〉熱に小さな火が点き、以来、根がコレクター的感性に乏しいため数多く取り揃えているわけではないけれど、気の利いた〈小百科〉を見つけるとつい買い求めて、ひとり楽しんでしまう。 〈小百科〉愛好とやらを客観的に眺めるならば、大部の書を紐解く労を惜しんでただ益を求めるさもしい精神のなせる業にちがいなく、おのれの矮小性を喧伝するばかりで、はなはだ気恥ずかしい。しかしながらこの分野は、地味ながら世紀の名著の宝庫であることもまた事実なのである。 丸の内オアゾの丸善で松岡正剛の主宰する店舗内店舗「松丸本舗」が9月一杯で閉店すると聞いて行ってきた際にまたぞろ買い求めたのは、演劇評論家・矢野誠一の『東都芝居風土記』(2002 向陽書房)。東都とは京の都に対して江戸を指すのはもちろんで、江戸=東京の地誌を演劇ゆかりの事情に絡めつつ整理した、いわば〈小百科〉に属する一冊である。著者の私淑する戸板康二の『芝居名所一幕見 東京篇』(1958 白水社)に倣ったもので、作品の舞台となった土地、名優の在所だった土地、かつて芝居小屋のあった土地をいろいろと特定しながら、好きなことを好きなように書いている。 土地柄、どうしても歌舞伎への言及が大半を占めるものの、ポール・クローデルの三宅坂、三島由紀夫の内幸町(鹿鳴館)、『放浪記』の落合、長谷川伸の荒川堤、新劇の揺籃地・築地、松井須磨子の眠る牛込・多聞院、早稲田大学の演劇博物館、ストリップと女剣劇の浅草六区、さくら隊の顕彰される目黒・五百羅漢、新派の一石橋と佃島と湯島天神と雑司ヶ谷など、歌舞伎以外への言及も盛りだくさんで、じつに賑やかな本である。 読み始め当初は、形式の好みにもかかわらず、文そのものが生硬で面白味に欠けるなぁと思ったが、読み進めるにしたがってそんな不満もいつのまにか雲散霧消していた。
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