遅読のすすめ の商品レビュー
私は、ノートに書き留めたくなるような言葉を探しながら読んでいるので、読むスピードは比較的遅いのではないかと思います。しかしその一方で「月に〇〇冊読んだ」と数え上げ、その数で自分の読書生活の充実度を測ろうとしている所があります。 記憶力が悪く、読んだ内容をどんどん忘れていくので、...
私は、ノートに書き留めたくなるような言葉を探しながら読んでいるので、読むスピードは比較的遅いのではないかと思います。しかしその一方で「月に〇〇冊読んだ」と数え上げ、その数で自分の読書生活の充実度を測ろうとしている所があります。 記憶力が悪く、読んだ内容をどんどん忘れていくので、速く読むとますます内容が頭に残らず、逆に時間を無駄にしているのではないかと思っているのに、つい冊数を気にしてしまいます。 純粋に「量より質」を追い求められるようになりたいと思いました。
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やっぱりゆっくり読むって大事なことなんやなぁって 安心した。 でも 教材研究のために、たくさん本を読むことがある。 そんな時は読んでいるのではなく、調べているということで納得した。 速度した本は、自分の読書冊数にカウントしなければいいのだ。 あぁ、すっきりした。 小説や大切な本、...
やっぱりゆっくり読むって大事なことなんやなぁって 安心した。 でも 教材研究のために、たくさん本を読むことがある。 そんな時は読んでいるのではなく、調べているということで納得した。 速度した本は、自分の読書冊数にカウントしなければいいのだ。 あぁ、すっきりした。 小説や大切な本、読みたい本はゆっくり味わって読んでいこう。
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〈図書館本〉速読で読んだ。読書も食事と一緒で速読では本によりもたらす幸福を放棄することでもあり、ゆっくり本を読むことで贅沢にじっくりと味わう楽しみもある。でも飛ばし読みして必要なとこだけ参考にするという本もある。本を見極めての速読と遅読の使い分けでしょうか。う~~ん…やっぱり自分...
〈図書館本〉速読で読んだ。読書も食事と一緒で速読では本によりもたらす幸福を放棄することでもあり、ゆっくり本を読むことで贅沢にじっくりと味わう楽しみもある。でも飛ばし読みして必要なとこだけ参考にするという本もある。本を見極めての速読と遅読の使い分けでしょうか。う~~ん…やっぱり自分の好きなように読みたいように読むのが一番なのかな。
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●:引用 ●ブドウを食べながら、ふと気づくと、なにも思わず、一粒ずつ口に運んでいるだけのことがある。味蕾の感覚がはたらいていない。おなじように、本を読んでいて、目は活字の上をすべっているばかりのことがある。本から見えてくるはずの風景が見えてこない。聞こえるはずのひびきが聞こえて...
●:引用 ●ブドウを食べながら、ふと気づくと、なにも思わず、一粒ずつ口に運んでいるだけのことがある。味蕾の感覚がはたらいていない。おなじように、本を読んでいて、目は活字の上をすべっているばかりのことがある。本から見えてくるはずの風景が見えてこない。聞こえるはずのひびきが聞こえてこない。読み方はたいせつだ。書き手が力をつくして、時間をかけて、そこに埋めこんだ風景やひびきをとりだしてみるのは、ちょうど熟して皮がぴんと張りつめたブドウの一粒を、じっくり味蕾に感じさせてみるようなものだ。忙しい暮らしのなかで、ゆっくりと本を読むのはあんがいむずかしい。しかし、ブドウのみずみずしい味わいは、食べ方一つにかかっている。おなじように、読み方一つで本そのものがかわる。快楽的にかわる。この本ではとくにそのことを書きたかった。 →遅くよんだからといって、本当に作者が”そこに埋めこんだ風景やひびきをとりだ”せるかは疑問だが、こういう読み方(読書論)もあるということ。
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自己の読書スタイルを見直すために読んだ。さらりと読み飛ばすと味わいきれない書き手の意図を再確認。書き手がかけた時間と読み手が割く時間の差についても考えさせられた。 残念なのは手元におきたい本なのに、絶版で手に入らないこと。図書館で借りてゆっくり読んだが、もう少し時間が欲しい。
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速読などすれば見逃してしまう、書物の一節がもたらす幸福感というものがある。それは〈文章を読む〉ということが、〈生きる〉ということの一部であるという意味でもあって、決して読者にとって得な情報云々を得るという損得勘定の問題ではない。速読派は同時に多読派ということにもなろうが、ともする...
速読などすれば見逃してしまう、書物の一節がもたらす幸福感というものがある。それは〈文章を読む〉ということが、〈生きる〉ということの一部であるという意味でもあって、決して読者にとって得な情報云々を得るという損得勘定の問題ではない。速読派は同時に多読派ということにもなろうが、ともすると彼らは自己目標の達成といった清々しさこそ味わうが、読書という時間の幸福を味わい損ねるのではないか、と著者はいう。 繰りかえすが肝要なのは、〈本を読む〉という行為が〈生きる〉という動詞のほんの一部にすぎないというごくごく当たり前の事実に尽きる。〈食べること〉〈眠ること〉と同系列の〈読むこと〉があり、それが〈生きる〉ということでもあるという疑いようのない事実だ。端的にいってそれは〈食う〉〈喰らう〉こと、つまりはやはり〈食べる〉こと。では人は何を食べるのか。 動物であるから、動物とともに、動物と同じく、食べること、眠りを食うこと。それと同時に人間こそが味わう幸福とは、〈時間を感じる〉ということだ。人間だから〈とき〉の何たるかを感じ、味わい、考えてみる。〈とき〉を人間が食うのは、時間が惜しいからだけではないはずである。そこには確かな生=時間が存在する。 書評家「狐」として名の知れた山村修が富裕な好事家、読書家であることは、むしろ、本書や『気晴らしの発見』『禁煙の愉しみ』から確認できるように思う。 清々しい日常逍遙学派である。こういう上質なエッセイを読んで味わえば、しばらく時間を忘れて、時間のなかを生きていける。 (多読派についての考察がもう少し割かれてあっても面白かったかも知れない)
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烏兎の庭 第三部 書評 5.26.07 http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto03/bunsho/fox.html
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自分自身、読むのが遅いので、著者の考えには共感できました。世の中、情報が氾濫していますが、書物は落ち着いてゆっくりと読みたいものですよね。
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