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物語の旅 の商品レビュー

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2013/03/11

自分によく似た読書傾向のある友だちとは話していても楽しい。学生時分には、夜を徹して語り明かしたこともあった。職に就いてからも仕事関係の友人と話はするものの、さすがに、当時のように夢中になって本の話をすることはなくなった。だいいち、みんなどんな本を読んでいるのか、あまりよく知らない...

自分によく似た読書傾向のある友だちとは話していても楽しい。学生時分には、夜を徹して語り明かしたこともあった。職に就いてからも仕事関係の友人と話はするものの、さすがに、当時のように夢中になって本の話をすることはなくなった。だいいち、みんなどんな本を読んでいるのか、あまりよく知らない。書店には新刊書や雑誌が山と積まれ溢れるほどだが、本を読む楽しみを語る人はあまりいない。本もまた「情報」の一つと考えられているのだろうか。 一方的にこちらだけが知っているだけだから、友だちとは呼べないが、本を読むたびに、「そうなんだよなあ。」と、つい相槌を打ってしまう文章を書く人がいる。和田誠氏である。『物語の旅』は、氏が愛する54冊の本にまつわる思い出やエピソードに書き下ろしの挿絵を添えたもの。読んだ順に書かれているため、おおよその読書傾向がうかがえるのも楽しい。一頁をまるまる使ったカラー挿絵の色を生かすためか、紙質にも注意が払われ大人向きの絵本のようでもある。 映画監督としても評価の高い氏のことだから、当然映画にまつわる話も多い。「快盗ルビイ・マーチンスン」を原作にした映画「快盗ルビイ」を撮っていた頃、同じ原作を芝居にしたので見に来てはくれまいかという手紙をもらったことがあるという。忙しくて行けないので試写の招待状を送ったところ、その人が来てくれた。それが、当時は小劇場通の間でのみ有名だった三谷幸喜氏だったなどというのは「ちょっといい話」である。 本の中でも触れられている瀬戸川猛資氏などの書く物と比べると、和田氏の書く物は博引旁証を誇るでもなく、奇抜な着想をひけらかすのでもない。自分が面白いと思った物を淡々と紹介するだけである。けれど、『お楽しみはこれからだ』でも知られるように、映画の中から名セリフやジーンとくる場面をピックアップする力量は抜群で、それは今回のように物語を語らせても見事に生きている。たとえば、村上春樹の「結婚以来六年の歳月が流れていた。六年の間に三匹の猫を埋葬した」のような表現を彼は好むが、この種の文ははっきりと好みの分かれるタイプの文章である。 チャンドラーの『長いお別れ』の原題は『ロング・グッバイ』であるが、邦題は原題に比べて湿っているという指摘にはうならされた。乾いている方がハードボイルドには合う。ただし、マーロウものは乾いてばかりもいない。特にこの作品の彼はセンチメンタルであると言われると、チャンドラー好きのこちらの性格を指摘されているような気にさせられる。しかし、同じ作品を好む和田誠にもよく似たところがあるのだと分かると、なんだかうれしくなる。 前書きに「個人的なこと」を記すので読書案内にはならないだろうと書かれているが、採り上げられた作品はよく知られた作品ばかり。読書好きの人なら大半は読んでいるはず。多感な時代、人生について深い思索を試みるような類の本に食指が伸びず、ミステリーやSFを読み漁っていた人なら、ほぼよく似た本を挙げるのではなかろうか。それだけに、読書案内にはならないかもしれないが、見てきた後でその映画について話すのが楽しいように、少年時代から読んできた本について作者と話しているような楽しみが味わえる本であるといえるだろう。

Posted byブクログ