インタビューの社会学 の商品レビュー
小田博志のフィールドワーク入門の推薦本である。インタビューでライフワーク、いわゆる生活史を聞くためには、ということでいろいろと方策が書かれている。 読んで面白かったのは、あとがきでグループの調査長に怒られたことと、高齢者の聞き取りに挑戦した学生が、結局高齢者はほとんど話してくれ...
小田博志のフィールドワーク入門の推薦本である。インタビューでライフワーク、いわゆる生活史を聞くためには、ということでいろいろと方策が書かれている。 読んで面白かったのは、あとがきでグループの調査長に怒られたことと、高齢者の聞き取りに挑戦した学生が、結局高齢者はほとんど話してくれなかったが、半年以上その高齢者のもとに通い詰めた学生が、学生の自分のライフワークとして自分を語ったということである。
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インタビューとは、単に語り手に語ってもらうのではなく、インタビューと語り手が相互に作りだしていくストーリーである、というのになるほど、と思った。 「語りを聞く聞き手が登場することで、初めて人は語ることができる」p.37 映画「ヘルプ」を思い出した。聞き手がいても、語ることをため...
インタビューとは、単に語り手に語ってもらうのではなく、インタビューと語り手が相互に作りだしていくストーリーである、というのになるほど、と思った。 「語りを聞く聞き手が登場することで、初めて人は語ることができる」p.37 映画「ヘルプ」を思い出した。聞き手がいても、語ることをためらっていたメイド達が語り始めたのは、何故だったか。何を語るか、も重要だけど、語るか語らないか、まずそこがひとつの関門。 インタビューで気をつけること。 インタビュアーのほうが多くを話していないか。 インタビューの進め方が誘導的になっていないか。 ライフヒストリー研究がほかの質的調査法と区別される特質は特に「個人の主観的現実」 p.56 「社会科学の大部分は<客観的なもの>を得ようと努める。しかし、生活史研究は、主観的なものの領域をあきらかにしようとするもの」 めったに自己を語ることのない人が、語ることによって自分の言葉を発見し、語るに値しないと思われている人生の断片が「声」となることこそが、ライフストーリーインタビューの醍醐味 p.171 実証主義の伝統は、社会調査を神話と常識を越えるものと位置づけ、自然科学をモデルにした実験的、量的方法を中核にすえて人間行動の予測と統制を社会科学の目的としてきた。科学的事実は客観的で量的なものとされ(…中略)、人間の相互行為にもとづいた質的なインタビュー調査は非科学的で補助的な方法とされてきた p.192 「ごく普通」「平均的」(…中略)という表現が意図するのは、ここで記述されるライフヒストリーは特別な個人ではなくある社会的カテゴリーの成員であって、語られたことはとりたてて個性的なものではなく、その社会的カテゴリーの一員なら誰にでも妥当することなのだという著者のレトリックなのである。 p.193 重要なのは、この物語が事実か否かにあるのではない。なぜこの伝承が生まれて人に語り継がれてきたのかということである。p.199 私達は必ずしも「外的基準」をもつ「歴史的真実」や「個人史的現実」を求めているのではなく、むしろ「語りの真実」や『自伝的真実」のもつ「内的一貫性」にこそ、まず関心をおいている p.202
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「生(ライフ)」には3つある。 体験としてのライフ、 経験としてのライフ、 そして語りとしてのライフである。 いま―ここ、 あのとき―あそこ。 なぜライフストーリーを聞くのか、 どうやってライフストーリーを聞くのか、 実例をもとに解説してくれています。 被差別部落の語りを中...
「生(ライフ)」には3つある。 体験としてのライフ、 経験としてのライフ、 そして語りとしてのライフである。 いま―ここ、 あのとき―あそこ。 なぜライフストーリーを聞くのか、 どうやってライフストーリーを聞くのか、 実例をもとに解説してくれています。 被差別部落の語りを中心に、 フィールドワークの面白さを体感できる本として とても良書だと思います。
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震災前後で、東北の人のみでなくそれまでの価値観を大きく変えた人々がこの国には沢山いると思うのだけど、それをなんとなくという形でやり過ごしたくなくて、ひとまず自分の身の回りにいる「ボランティアに関わる普通の人たち」の声を集められればいいねというようなことを、一緒にボランティアに行っ...
震災前後で、東北の人のみでなくそれまでの価値観を大きく変えた人々がこの国には沢山いると思うのだけど、それをなんとなくという形でやり過ごしたくなくて、ひとまず自分の身の回りにいる「ボランティアに関わる普通の人たち」の声を集められればいいねというようなことを、一緒にボランティアに行った何人かで話しています。 とはいえ自分には何の手がかりもないので、ひとまず図書館で借りてみた、語り手に自由に語ってもらう事を主眼とする「ライフストーリー」というインタビュー手法を巡る本。久しぶりに「〜学」という本を読んだけど、ちゃんと実例の中で論じられていたり、テープ起こしの際の表記法など(これはすごいです)もとても参考になった。 が、自分が知りたかった「それが何のために行われ、世界にどういう影響を与えうるのか」ということにはあまり触れられていなかった気がする。(社会学というのはそんなことを考えないもの?) ただ、「ライフストーリーを巡る語り手とインタビュアーの関係が、語り手にとってセラピーのように作用することはあるかもしれないが、それはあくまで結果であって目的にするべきではないし、目的化する事には倫理的にも問題がある」というのは腑に落ちました。
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ライフストーリー研究の第一人者が自身の体験談を交えながら語る、インタビューの方法論。現象学的社会学やエスノメソドロジーを援用しながら、インタビューを社会関係と捉え、ライフストーリーをインタビュアーとインタビュイーとの共同構築として考えていく。この立場自体は現在では珍しくもないが、...
ライフストーリー研究の第一人者が自身の体験談を交えながら語る、インタビューの方法論。現象学的社会学やエスノメソドロジーを援用しながら、インタビューを社会関係と捉え、ライフストーリーをインタビュアーとインタビュイーとの共同構築として考えていく。この立場自体は現在では珍しくもないが、その著者が「対話的構築主義」アプローチと呼ぶインタビュー法に対する洞察の深さに目を見張らせられる。それは、流行の単なる構築主義「ごっこ」ではなく、長年被差別部落などのインタビュー調査に携わり、問題を直に肌で感じ、考えたことをストレートに詰め込んだからではないだろうか。迷いを迷いのまま隠さずに書いていることにも、誠実さを感じる。実際にフィールドワークをした事のあるものならば、この本を読むと、著者と一緒に悩み考えているような錯覚に陥るだろう。著者がたどり着いた、単なる「調査」としてではなく、一種の「運動」、共同作業としてのインタビューというインタビュー観は、インタビューのみならず学問のあり方自体に問題を投げかける。
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