指からウロコ の商品レビュー
どうしてだろう。和田誠の本は読まなければという気にさせたりしない。いつも手もとに置いておいて、ほかの本を読んでて疲れたときなど、栞を挿んだページを開いてほんの一章ぶんだけ読んだりするのにいい。そこには難しい言葉も、過激な調子もなく、古いアメリカ映画やスタンダードの名曲のように、い...
どうしてだろう。和田誠の本は読まなければという気にさせたりしない。いつも手もとに置いておいて、ほかの本を読んでて疲れたときなど、栞を挿んだページを開いてほんの一章ぶんだけ読んだりするのにいい。そこには難しい言葉も、過激な調子もなく、古いアメリカ映画やスタンダードの名曲のように、いつでも愉しい気持ちにさせてくれる。 イラストレーターとしての仕事はもちろんのこと、映画の話や音楽の話をさせたらこんな洒落た会話のできる人はいない。いつまでもその話を聞いていたくなる。話題が豊富なのに、知識をひけらかすことなく、いつも謙虚で、こんな話があるんだけど、という感じでさりげなく話を切り出し、いつまででも話していられるはずなのに、決して長々と話し続けない。聞いている方の気持ちになって、疲れないところで切り上げる。そう、スマートなのだ。 そのイラストが、誇張に走ることなく人物の特徴を的確にとらえ、単純な線でありながらほのぼのとしたユーモア感覚さえ漂わせるように、文章もまた、簡潔で要を得ている。それだけでなく、人品卑しからぬ品性をたたえているところが何より好ましい。一言で言うなら読み終わった後口がいいのだ。単に人柄がいいというのではない。物事を見るときの軸がぶれないので、批評のキレがいい。 かなり勉強したらしいカクテルの話や、お得意の映画の話、それにスタンダード曲の中にある殺し文句と、よくまあこんなにネタがあるものだと感心してしまう。好きなことにはのめり込むタイプなのだろう。ただ、普通ならそれが窮屈さを感じさせたりするところなのだが、この人にはいつも余裕が感じられる。かといって、ただの好事家の話とは一線を画している。何をとりあげてもぴりっとしたものが必ずそこに含まれている。なんならそれを批評精神と呼んでもいい。 「スランプ」という話がいい。パーティーの席上であった有名な野球選手に、「スランプのときはどうしますか」と聞かれた筆者は「スランプというのはないんです」と答える。けげんそうな顔をする選手に、「ぼくは自分をトップクラスだと考えていないので、あせることがないのです」と説明した。とたんに選手はものすごく真面目な顔になり「いいお話をうかがいました。勉強になりました」と言ったという。 気軽に本音を言ったことが相手にショックを与えてしまったことに、筆者はちょっと驚く。実力が数字で表されるスポーツと数字で計れない絵の世界はちがうと前置きしながら、こう言う。 しかし、ぼくらの世界にも、中には勝負好きな人がいて、「誰それには負けたくない」とか、「今にトップになってやる」とか言ったりする。数字で計れないのに、誰と比べてどうだなんて考えるのは、つまらぬことだとぼくは思う。第一、疲れてしまう。 ぼくは余計な心配で疲れたくないと思っている。気軽にやりたい。ただし、気軽にやるというのと手を抜くというのは違います。余計な疲労をしなければ、そのぶん仕事に時間も神経も使えるわけだから、結局お得用なのである。 面白い面白いと思って読んでいると、ときにこういう文章に出会う。そして、ふと立ち止まって我が身を振り返ったりさせられる。実にもって、和田誠はお徳用なのである。
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何故か和田さんと安西さんがごっちゃになる私。。。 軽く読めるけど、楽しめる。映画も観たくなる一冊だった。
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