プルースト 母親殺し の商品レビュー
「母親」は、マルセル・プルーストという作家を語る上で絶対にはずせないキーワードのひとつである。 そして、もうひとつ重要なキーワードのひとつである「ユダヤ人の血」も、母親からの継承である。 『失われた時を求めて』の最初の巻より母親は必然性を持って登場する。 語り手の少年は虚弱...
「母親」は、マルセル・プルーストという作家を語る上で絶対にはずせないキーワードのひとつである。 そして、もうひとつ重要なキーワードのひとつである「ユダヤ人の血」も、母親からの継承である。 『失われた時を求めて』の最初の巻より母親は必然性を持って登場する。 語り手の少年は虚弱な甘えん坊で、ママの接吻がなによりも恋しかったが、来客などがあるとその接吻は中止されることがあった。ある夜、彼は芝居ががった手を打って母を一夜独り占めすることに成功する。 母は、ジョルジュ・サンドの『フランソワ・ル・シャンピ』を読み聞かせる。 このあと、プチット・マドレーヌの挿話が入り、また長々とコンブレーの回想が続くが、プルーストにとってのママンは、あまりにも強い愛の対象であった。 プルーストは2人兄弟で、弟のロベールの教育は父に任され、のちにロベールは父親の跡を継いで医師になっている。 マルセルは、喘息持ちのひ弱な少年であった。 母のジャンヌは裕福なユダヤ人家庭に育った教養のある女性で、長男のマルセルに本物の文学教育を与えた。 本書は、『失われた時を求めて』だけではなく、『ジャン・サントゥイユ』や『サント=ブーヴに反論する』や書簡などを詳細に参照しながら書かれたもので、近親相姦的ともいえる母親への思慕や、それも関与するであろうマルセル・プルーストの同性愛にも鋭い言及がなされている。 1907年、(これは母ジャンヌの死後であるが)両親の知人の息子が母親を殺すというショッキングな事件が起きた。 ママンを愛しすぎて異性を愛せなかったであろうプルーストは、どれほど驚愕したことだろう。 プルーストは、フィガロに「親殺しの孝心」という記事を書く。 愛とは、両価性の顔を持つ。 愛と憎しみ。 プルーストは、生活のために働くことはしなかった。 働かずに済むだけの財産を母のジャンヌは息子に残していた。 母に先立たれた時、プルーストは絶望の淵を彷徨ったであろうが、晩年はコルクを貼った部屋で執筆活動をして過ごす。 『失われた時を求めて』を通して読むと、途中から文面がかわるのがわかる。 遺した草稿をまとめて死後出版されたので、そのあたりのこともあるのだが、あたかもママンから解放されたような筆の流れになってゆく。 母親との関係に区切りをつけて作家としての自己を生み出してゆく過程をミシェル・シュネデールは分析している。 訳者の吉田城さんは、プルースト研究の方だが、惜しくも2005年にお亡くなりになられたという。 吉田さんがお書きになった「『失われた時を求めて』草稿研究」という書物を読んでみたいと思う。
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