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「日本」という国 の商品レビュー

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2010/08/30

梅原猛の仏教関係の著作や縄文文化論に関する著作は、かなり読んできた。ただし、法隆寺論、柿本人麻呂論、聖徳太子論など「梅原古代学」にあたる本は、ほとんど読んでいない。これは歴史学者との対談だが、縄文文化論も、古代学も含めて、日本古代史の専門家の意見とつき合わせながら、本人のこれまで...

梅原猛の仏教関係の著作や縄文文化論に関する著作は、かなり読んできた。ただし、法隆寺論、柿本人麻呂論、聖徳太子論など「梅原古代学」にあたる本は、ほとんど読んでいない。これは歴史学者との対談だが、縄文文化論も、古代学も含めて、日本古代史の専門家の意見とつき合わせながら、本人のこれまでの仕事を振り返っている。私自身は、縄文文化論に強い興味をもっているのだが、古事記、日本書紀論も、聖徳太子論も興味深く読むことができた。 最近私は、いわゆる弥生人の渡来と日本という国の成立との関係についてかなり強い関心をもっている。別の言い方をすれば、先住の縄文人と渡来した弥生人が、どのような軋轢や融和を繰り返しながら日本という国が成立していったかという問題である。その意味でも、この本でも振り返られている梅原の聖徳太子論にはかなり興味を引かれた。当時の大陸や半島との国際関係のなかで、それらと関連付けながら聖徳太子の生涯を捉えているからである。ただ彼の『聖徳太子』は全4巻もあるのでまだ読む気にはなれないが。 それにしても私は、先住の縄文人と本格的な稲作技術ももって渡来した弥生人たちが、どのように抗争し、また混血しながら現代につらなる日本の原形ができていったのかという点につよい関心をもっている。 アニメ『もののけ姫』の冒頭でアシタカの部落の民たちは、自分たちを「えみし、大和朝廷に刃向かう東の民」と理解していた。このアニメの時代設定は室町時代と思われる。これはアニメの話だが、歴史的事実としても、このころもおそらく縄文系と弥生系の人々の対立が何らかの仕方で残っていた可能性がある。 アイヌと琉球諸島の人々に縄文系の人々の血が色濃く残されているという説は、梅原によって主張され、その後のいくつかの縄文遺跡の発見や、DNAなどを使った人類学的な研究により、ほぼ定説になりつつある。えみしは最後には北海道でえぞとよばれるようになるのであろう。 縄文系の人々と弥生系の人々とは、弥生時代以来どのような関係をもったのか。大和朝廷が蝦夷を制圧していく過程で、どのような文化的な軋轢があったのか。また、大和朝廷が成立した過程で渡来系の人々はどのような役割を果たしたのか。あるいはこのような問いそのものがナンセンスなのか。そもそも渡来系の人々が大和朝廷を作ったのか。だとすればそのとき逆に縄文系の人々はそのような立場にあったのか。 なぜ私がこうした問題に関心をもつのか、そのことが自分自身で不思議であり、またどうしてなのかを探りたい気持ちである。 かつて梅原の『日本の深層』を興味深く読んだ。東北の文化や歴史に、かつて栄えた高度な縄文文化の色濃い反映を読み取っていた。探し出してぺらぺらと読んで見たいと思うのだが、文庫本だし、どこに埋もれているのやら、探し出すのも大変だ。

Posted byブクログ