ラテンアメリカ短編集 の商品レビュー
いわゆる「ブーム」以前の作家を中心的に集めたアンソロジー。ラテンアメリカ文学というとどうしても「ブーム」の時代の作家にばかりフィーチャーされがちなので、そういう意味でなかなか貴重な本だと思う。以下、各編の感想。 「降誕祭の夜」(ルベン・ダリオ) パーティの帰りに友人の勧めで大麻...
いわゆる「ブーム」以前の作家を中心的に集めたアンソロジー。ラテンアメリカ文学というとどうしても「ブーム」の時代の作家にばかりフィーチャーされがちなので、そういう意味でなかなか貴重な本だと思う。以下、各編の感想。 「降誕祭の夜」(ルベン・ダリオ) パーティの帰りに友人の勧めで大麻を吸った主人公が見ためくるめく奇妙なビジョン…。奇っ怪で不気味なイメージは雰囲気も満点でなかなか迫力があるが、最後の一行は余分かな。★★★★ 「聖夜のできごと」(ルベン・ダリオ) ある修道士が起こした奇跡。・・・うーん、それだけ? ただ、音楽を表現する言葉はさすが大詩人、と思わせるものがあった。★★ 「落ちた天使」(アマード・ネルボ) ある村に怪我をした天使が落ちてきた。子供たちは天使と仲良くなって…。解説では魔術的レアリズムにこじつけているが、ただほのぼのした雰囲気を楽しめればそれでいい気がする。★★★ 「玉を懐いて」(アマード・ネルボ) 昔の恋愛の想い出話と幸福についてのちょっとした考察。酒でも飲みながら二人で喋ってるような雰囲気がいい。今となっては陳腐ともいえそうなドラマだけど、幸福についての談義と合わさって結構楽しく読めた。★★★★ 「客人」(ラファエル・バレット) ある詩人の目の前に不気味な女性が現れる…。字面だけ追うと詩人は屈したようにしか見えないが、これは妻と子供の存在自体が詩人を引きとめたってことなのかな?★★★ 「ブランカ農園」(クレメンテ・パルマ) 主人公は二年間の新婚生活を田舎の静かな農場で送るが、実は…。人生とは何か、実在とは何か?ゾッとするような怪奇譚であるとともに、哲学的なアイデアが裏に潜んでいてなかなか刺激的。★★★★★ 「息子」(オラシオ・キローガ) 父子家庭ながらも父と子は幸せな日々を送っていた、そんなある日突如訪れた悲劇。結末の数行が切なすぎ。父親が一人で帰路に着く情景が目前にありありと浮かぶようだ。★★★★ 「流されて」(オラシオ・キローガ) 毒蛇に噛まれてしまった主人公は何とか町まで行って治療を受けようとするが…。ラテンアメリカの厳しい自然を描いた写実的な一編、かな。可もなく不可もない。★★★ 「日射病」(オラシオ・キローガ) 炎熱の最中、街へ出かけた主人に忍び寄る不吉な影を、飼い犬たちは察知していた。こちらもラテンアメリカ特有の厳しい自然の写実性と、幽玄の彼方を垣間見る幻想性を兼ね備えた一編。★★★ 「日曜日の授業」(フェルナンド・テリェス) 小学校の教室に、突如三人のゲリラが闖入する。少年の心に焼きついた幼い頃の衝撃的な出来事。子供の記憶を通して再現される途切れ途切れの事件の描写が、逆に迫真性があった。★★★ 「鏡」(マルタ・ブルネット) 久々に鏡をのぞき込んで自分の老衰に愕然とする…。家庭にしばりつけられ、いつしか老けていった女性の苦悶。結局それは男社会が生み出した悲劇だ、という告発なんだろうな。★★★ 「夢がかなう」(フアン・カルロス・オネッティ) 50がらみの中年女性が一つの舞台の上演を持ちかける、主人公はその願いを叶えてやるが…。さて、これはいかようにも解釈できる話だけど答えは全く与えられない。とはいえ、自分で深く考えてみようという気にはさせられなかったかな。★★★ 「ポイント操作係」(フアン・ホセ・アレオラ) まともに機能していない国営鉄道をめぐる、不条理な出来事の数々。カフカの『城』を彷彿とさせるような世界、なかなか可笑しな出来事ばかりで面白い。何かに追われる人生よりも、あらゆる可能性を受け入れる自由な人生を。★★★★ 余談。 本書は、解説が巻頭に付されているのだが、何と編者の野々山氏はそこで収録作のネタバレをしている。短編というのはオチが分かっていたら面白さが激減するものだということは自明だろうに、何とも無粋な仕事である。作家の作風を伝えるには、作品の要約を提示する以外の方法でいくらでもやりようがあるってのに、そのための調査も面倒だというのだろうか。それならそれでなぜ巻末に付さなかったのか。出版社側もそのへんの配慮を見せてほしかった。
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