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2018/01/09

食べたり飲んだりする量がごくわずかだったため、トイレに行く必要はほとんどなかった。身体を隠すものもない路傍で用を足す恥ずかしさと屈辱を考えれば、変な話だが、それはむしろ私たちにとって良かったのかもしれない。しかし、この段階になると、すでに恥や屈辱を感じるだけの気力は残されていなか...

食べたり飲んだりする量がごくわずかだったため、トイレに行く必要はほとんどなかった。身体を隠すものもない路傍で用を足す恥ずかしさと屈辱を考えれば、変な話だが、それはむしろ私たちにとって良かったのかもしれない。しかし、この段階になると、すでに恥や屈辱を感じるだけの気力は残されていなかった。この先、ドイツ人が私たちに何をしようと、もう気にならなくなっていた。私たちは感情もないまま、ただこの世に存在しているだけだった。私たちは、かろうじて足を一歩一歩前に出し続ける、生ける屍だった。私たちはハンガリーから搬送される最後のユダヤ人で、その責任者はアイヒマンだった。アイヒマンは何回も車でやってきては、私たちの悲惨な行進の様子を監視していた。アイヒマンはゲットーを中心にしばしばブタペストの街並みに姿を現しては、この8か月間に多数のユダヤ人を死に追いやっていたため、私たち全てが彼の顔を知っていた。ナチスは西部戦線では押しまくられていたし、東部戦線でもロシア軍の進撃を食い止めることができないでいたが、私たちが歩いて横断しているハンガリーは、まだ第三帝国の支配下にあった。だから私たちの行進は終わらなかった。

Posted byブクログ