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2020/08/14
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メイ・サートンの両親の話から始まって、幼少期、自主創造性を重んじた学校での生活、演劇に没頭した若い日々、作家としてのスタート……と語られる。訳者あとがきでもそのように書かれているが、後年の内省的な生活とは違う、情熱に満ちた活動的な姿に驚かされた。 イギリスでの生活でようやく後につながるような、孤独に見いだされる幸福、光と平和について触れられていて、劇団の破綻を含めここに至るまでに彼女が経験したことが豊かな腐葉土になって芽吹きがあったのだなと思った。 登場する人物やエピソードのみな生き生きしていることと言ったらすごかった。ティティの愛情、パリの質屋での問答、動物園の中で暮らしたことなど、面白い! 一番好きな章は「追憶の緑野」で、母メイベルのモリーおばさんとの確執、そして共闘のお話。ひとつ屋根の下の宿敵とも言えるモリーの、彼女自身にもコントロールできない癇癪と虐待、猫に見せた不器用な優しさ。DVする人がよくやるやつじゃん、と言えばそれまでなんだけど、本人でもそれはどうにもならない、というのが現実。 モリーはたぶん一貫してメイベルが嫌いだったし、メイベルもモリーを痛ましいとは思ったが許しも同情もしなかったろう。それでも、メイベルは彼女のあり方を受け入れることにして医者からかばったのだ。同じ癇癪持ちとして、心の地獄の窯を共有しているという意識はあったろうけど。 モリーとのことを含めても、メイベルはその家での暮らしを幸福な思い出として大切に心にしまっていた。その人の許されないほど不完全なありようをまるごと受け入れるというのは、正しくないがゆえに、あまりに尊い。 「少女はすでに、彼女が成長してゆくべき、現実に直面できる人間、それも完全な勇気をもって、彼女なりに現実と対決できる人間になっていたために、そのことを理解していたのだった」とメイ・サートンは結んでいるけれど、確かにこれは現実の話だ。現実、現実、現実。目の覚めるような改心もない、和解もない、モリーの行いははっきり正されることはなく、やってきた医者は追い返される。他ならぬメイベルがそれを選択し、(おおむね)幸福に暮らしたということ。心に残る話だった。

Posted byブクログ