邪馬台国の真実 の商品レビュー
いわゆる九州にあったか、近畿にあったかという邪馬台国論争は、どちらも邪馬台国を巡る日本の統治過程の本質をついていない気がする。結論から言えば、邪馬台国は九州にあった。そして東遷した。その根拠をつまびらかにしながら論ずる書に自分も同意する。魏志倭人伝の記述と古事記の記述を比定すれば...
いわゆる九州にあったか、近畿にあったかという邪馬台国論争は、どちらも邪馬台国を巡る日本の統治過程の本質をついていない気がする。結論から言えば、邪馬台国は九州にあった。そして東遷した。その根拠をつまびらかにしながら論ずる書に自分も同意する。魏志倭人伝の記述と古事記の記述を比定すれば、これ以外の解釈は成り立たないように思う。つまり 卑弥呼=日巫女=天照大御神 邪馬台国(やまとこく)=大和朝廷 である。卑弥呼が死んだとされる年と前年に二度皆既日食が起きた。これは現代でもほとんど滅多に起きない稀有な天文現象であるが、その影響は太陽の使いを意味するシャーマンとその民にとってはまさにその正当性に疑問を抱かせるに十分であり、隣国との戦いで苦しめられつつある状況ではなおさらであった。 天照大御神はいわゆる「天の岩戸隠れ」によって天地が闇に包まれ、そのあと岩戸から最登場するとその性格が一変したという。これを岩戸隠れは卑弥呼の暗殺を意味し、性格を変えた天照大御神はその宗女「台与(とよ)」(豊)に交代した史実を神話化したものであるという。この符号は確かにただの偶然とは思われない。
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