野生のうたが聞こえる の商品レビュー
日本ではエマーソン、…
日本ではエマーソン、ソロー、ジョン・ミューアなどに比べて、あまり知られていないように感じますが、土地倫理を提唱した意味では、環境保護思想を学ぶ上で、外せない本です。
文庫OFF
米国の野生に対しての生活と思考である。解説ではソローと併立する書と書いている。 日本では、野生といっても鳥獣保護区で鉄条網で囲まれただれも入れない土地や宮内庁が管理している立ち入り禁止の土地しかない。さらに川では年間数万円を支払わないと釣りができないところとなっており、どこの野...
米国の野生に対しての生活と思考である。解説ではソローと併立する書と書いている。 日本では、野生といっても鳥獣保護区で鉄条網で囲まれただれも入れない土地や宮内庁が管理している立ち入り禁止の土地しかない。さらに川では年間数万円を支払わないと釣りができないところとなっており、どこの野原も金儲けの手段となっている。こうした現状からみて、なかなか著者のような観察をすることは難しい。野生のジュゴンが住む海も辺野古の埋め立て米軍基地になる。 学生がこの書をよんで野生を考えるのは日本では難しく、その前に高齢者が畑を作れなくなった休耕地が多くなったので、クマに襲われないように第一に考えるかもしれない。そのままで原生林となるのは屋久島ばかりで、他はサルやイノシシが歩く笹やぶになる。 ただ、動物そのものを丁寧に描いたイラストが各章には必ずおいてあるのでそれだけでも面白い。
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【由来】 ・「野生のオーケストラが聴こえる」で。 【期待したもの】 ・ 【要約】 ・ 【ノート】 ・
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著者はアメリカのネイチャーライター。1960年代から70年代にかけて、環境保全運動に関心を持つ人々のバイブルとされ、ソローやジョン・ミューアの著書と同列に置かれるらしいが、日本で聞かないよね? さして動物好きでもない私は、シートンちっくな1部と2部をサラッと読み飛ばし、3部の「ランド・エシック=土地倫理」へ。残念ながら、コレが書かれて半世紀が過ぎても、人間側の姿勢は余り変わっていない。自然環境は確実に変わっているのにな。
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環境問題の話の中によく登場する1冊。その理由は、今から100年以上前に生まれた人でありながら、人間の存在はあくまでも自然生態系の中における一要素であるという倫理観を唱えた点にある。人間中心の考え方全盛の1960年代から70年代にかけてのアメリカで、環境保全運動に関心を持つ人々のバ...
環境問題の話の中によく登場する1冊。その理由は、今から100年以上前に生まれた人でありながら、人間の存在はあくまでも自然生態系の中における一要素であるという倫理観を唱えた点にある。人間中心の考え方全盛の1960年代から70年代にかけてのアメリカで、環境保全運動に関心を持つ人々のバイブルといわれたことからも、それはうかがわれる。 ただそうした位置づけの本であるということから手にとってはみたものの、その独特の言い回しというか(訳のせいか?)、学者ならではの、次々登場する聞きなれぬ固有名詞のせいか、内容がなかなか頭に入ってこない。そのため一向にページが進まず、読むのに1年近くかかってしまった。ちなみに、1986年2月、森林書房より出版されたときのタイトルは、『野性のうたが聞こえる』であったが、今回の講談社学術文庫版発行に際して改題されている。やはり今回のほうがしっくりくる。
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[ 内容 ] あるがままの自然への慈愛と共感、失われゆく野生への哀惜の情をみずみずしい感性でつづり、自然が自然のままで存在しつづける権利や、人間と生態系との調和を訴える先駆的思想を説く。 そのしみじみとしたエッセーがソローの著作とならび称される一方で、自然との共生の思想により環境保全運動を支える役割をになってきた本書は、環境倫理の確立が強く叫ばれるいま、必読の古典的バイブルである。 [ 目次 ] 1 砂土地方の四季(一月・一月の雪解け;二月・良質のオーク ほか) 2 スケッチところどころ(ウィスコンシン;イリノイとアイオワ ほか) 3 自然保護を考える(自然保護の美学;アメリカ文化における野生生物 ほか) [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]
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アルド・レオポルド(1887 - 1948)は、アメリカの環境保護運動に多大な影響を与えた人物であるだけでなく、環境思想の歴史から見ても非常に重要な位置を占めている。すなわち、しばしば言及されるように、彼の提唱した「土地倫理」は、人間中心主義をこえた生命中心主義的な倫理の先駆...
アルド・レオポルド(1887 - 1948)は、アメリカの環境保護運動に多大な影響を与えた人物であるだけでなく、環境思想の歴史から見ても非常に重要な位置を占めている。すなわち、しばしば言及されるように、彼の提唱した「土地倫理」は、人間中心主義をこえた生命中心主義的な倫理の先駆的なものであり、それゆえに後年の環境思想家からは、レオポルドこそ環境倫理の父と呼ばれている。 レオポルドによれば、そもそも倫理のはじまりは個人どうしの関係を律するものであった。それが共同体にまで拡張され、歴史的段階として今まさに、土壌、水、植物、動物を含む全体としての”土地”にまで拡張すべきであるとされる。 その「土地倫理」について述べられているのが今回取り上げる、『野生のうたが聞こえる(A Sand County Almanac)』である。あの有名な「山のみになって考える」という有名なセリフは同書に由来する。しかし同書の優れた点は、土地倫理の展開を理解する以上に、なぜあれほど多くの環境思想家が生態系に基礎を置いた倫理を持ち出してきたのか、理解するための一つの感覚を共有できる点であるであろう。 『野生のうたが聞こえる』は三部構成になっており、第一部でレオポルドが晩年森林官や大学での講義の傍ら週末過ごした砂土地方の自然描写がエッセイとして語られ、第二部では、それが当時の農業や牧畜、観光、ハンティングなど、進行する開発や変化する人々の意識と交差させて語られる。そして当時の自然保護に対する彼の考え方や土地倫理が展開されるのが第三部である。 同書の解説を記した三嶋輝夫が述べているように、レオポルドがこのような三部構成を採用したのは、第一部や第二部を通じて多くの原点となる感覚や問題意識を共有する中で最終的な思想的考察を展開する方が、多くの読者に理解を得られるのではないかと配慮した結果かもしれない。 この試みはある意味において成功しているのではないだろうか。同書を手にした読者は間違いなく以下のことを理解するであろう。すなわち、彼の土地倫理の原点は、ソローやミューアと並ぶ自然文学の傑作といわれた第一部や第二部のエッセイから感じ取れる、彼の自然との基本的な付き合い方、あるいはある種の感覚にあるのだと。そして、その感覚を共有することではじめて、彼の描きたかった哲学的考察、そして彼の目指したかったことが何であったかを知ることが出来るのである。 そして彼が教えてくれる感覚は、私たちが生命中心的な倫理を理解していくための一つの鍵となるだろう。 本文はこちら↓ http://www.geocities.jp/persypersimmon/environment/enviro-list009.htm#top
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