拳闘士の休息 の商品レビュー
『拳闘士の顔にはかすかにとまどいが浮かんでいるが、恐怖はみじんもない。誰にも迷惑をかけたくないし人を待たせたくないから、言われればすぐにでも立ち上がる、そんな風に見える。もうすぐ自分の生命が危険にさらされるというのに。歪められ、変形した精悍な顔だちにはまた、軽い倦怠と、悟りに似た...
『拳闘士の顔にはかすかにとまどいが浮かんでいるが、恐怖はみじんもない。誰にも迷惑をかけたくないし人を待たせたくないから、言われればすぐにでも立ち上がる、そんな風に見える。もうすぐ自分の生命が危険にさらされるというのに。歪められ、変形した精悍な顔だちにはまた、軽い倦怠と、悟りに似た諦めがにじんでいる。"この世はすべてひとつの舞台、男も女もただ演じるのみ"。まったくうまいことを言う。しかし、シェイクスピアがこの文句をひねり出す二千年も前に、男はそのことに気づいていたのだ』―『剣闘士の休息』 人は死ぬ間際に走馬灯のように人生を振り返えるのだと聞く。それが本当のことなのかどうかは死んだ人に聞くことができないので定かではない。けれど瀕死の経験をした人は一瞬の間に、例えばそれは銃弾をくらって地面に平伏す間に、人生のあれやこれやを確かに見たのだと言う。気を失った経験位はあるがそんな走馬灯が回るのを見た覚えがないということは、そのスイッチが入るにはまさに生死に係わる状態であることが必須条件であることを示しているのかも知れない。とは言え、高所から落ちたりした時、着地するまでの刹那が間延びして全てがスローモーションのように見えたという経験はあるので、脳には得体の知れない未知の機能があるのかも知れない。例えばライトヘビー級のボクサーのパンチをもらった時にのみスイッチが入る機能とか。そんなことを思わず考えてしまう程、本書には繰り返し切羽詰まった瞬間に走馬灯のように自らの人生を振り返る主人公が描かれている。それは、ボクシングの試合を150戦以上戦い、その後海兵隊に所属したという作家トム・ジョーンズゆえのことなのか。 一つひとつの短篇は異なる主人公が語る物語ではあるものの、そこに登場する人物はどこか作家自身を写し取ったようなところがある。特に表題作の「拳闘士の休息」や「ブレーク・オン・スルー」などに代表されるような、ボクサーで海兵隊に所属し癲癇に苦しむ主人公の味わう息苦しさは、作家自らの経験が色濃く反映しているものと思う。しかし訳者あとがきによれば、アマチュアボクサーで海兵隊にも所属し癲癇に苦しんできた作家ではあるが、短篇の中の主人公のようにベトナム戦争の前線での経験はないそうだ。それがにわかに信じられぬ程に戦場や前線での束の間の戦士の休息の描写には鬼気迫るものがある。それもまた脳に障害が出るほどのボクシング歴とアルコール及び薬物中毒に苦しんだ作家ならでは人生に対する質感の表われなのか。 翻訳者の岸本佐知子が語るように、本書の登場人物たちは誰もかれも「こわれた人たち」だが、何故か哲学者のように人生を達観してもいて、時折ニーチェやカントやヴィトゲンシュタインの言葉を口にする。そうかと思えば、シェークスピアやドストエフスキーを諳んじてみたりと、言ってみればとてもクールだ。例えていうならマイルス・デイヴィスの「So What」をリングから降りてアドレナリンが出まくっている中で聴くようなクールさ。何もかも作家の人生に紐付けてしまわないと気が済まないわけではないけれど、それも海兵隊を除隊になった後に古典や哲学書を読み漁りアイオワ大学の創作科で文章を書くことを学ぶ道のりを歩んだ作家の信念のようなものが表れていると読むのは自然な読みだと思う。 一見すると「諦観」によく似た観念であるようにも見えてしまうが、作家が慰めを見出していたというショーペンハウアーの悲観的な哲学。曰く、ものごとは全て表象に過ぎず、人間はその根本にある盲目的な意思に従うのみ、すなわち生きることは苦である、と。驚くほどに厭世的でありながら、それを受け入れて尚立ち上がるボクサーのつぶやきは、どこか禅の悟りのようにも響く。その思想は、なるほど確かに、作家トム・ジョーンズの書くものに共通する哲学であるように思う。 暗闇に潜む敵めがけて撃ちまくる自動小銃の虚無的な響きのするような翻訳が、何故か、心地よい。
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アメリカの作家Tom Jonesの"Pugilist at rest"の翻訳本「拳闘士の休息」を読了。あるベトナム傷病兵のヤバい毎日、まさにベトナム戦争の最中でのクレイジーで命知らずの戦いを広げる男達、田舎町のちょっと障害を持つが純朴な青年が超駄目おんなに嵌り...
アメリカの作家Tom Jonesの"Pugilist at rest"の翻訳本「拳闘士の休息」を読了。あるベトナム傷病兵のヤバい毎日、まさにベトナム戦争の最中でのクレイジーで命知らずの戦いを広げる男達、田舎町のちょっと障害を持つが純朴な青年が超駄目おんなに嵌りとんでもない生活を送る事になるが長い時間をかけてなんとかその地獄から抜け出す様、インドボンベイの街中で自分が誰だがわからなくなるが混沌の人ごみの中で死にかけた馬を救うために持っていた大金を使い心の平安を少しだけ得てホテルに戻り自分のパスポートを見てやっと自分がだれか思い出すコピーライター、アル中になってしまった自分のあこがれのボクサーを見舞うチャンプの悲哀などなどかなりヤバい人たちが主人公の短編集だ。帯にあったが、ある編集者によるとTom Jonesはかなり”ナッツだ!”とのことなので著者自身もかなりの変わり者らしい。出てくる人物すべてがやばいので読んでいて心が暗くなるかもなどと最初不安に思っていたががやにはからんや読後がなぜか元気をもらった感じにまで自分がなっていたのは驚きだった。普通ではない人たちのギリギリな物語なのだがその精一杯生きる様にエネルギーをもらったのだと思う。ちょっとおどろおどろしいタイトルだが(著者も戦歴150戦以上のボクシング経験者との事)、読んで損のない本だ。
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心身の不調ゆえ、精神が安定しなくて、感情に波のある、荒っぽいキャラクターを多く描いています。 彼らは心身が不健康なため、癲癇、薬中、アル中、女、犬、生命、過去の栄光などに囚われています。やけくそに生きています。どんな状態であろうと、彼らは生きることを選んでいて、決して自殺するよ...
心身の不調ゆえ、精神が安定しなくて、感情に波のある、荒っぽいキャラクターを多く描いています。 彼らは心身が不健康なため、癲癇、薬中、アル中、女、犬、生命、過去の栄光などに囚われています。やけくそに生きています。どんな状態であろうと、彼らは生きることを選んでいて、決して自殺するようなことは考えていないようです。 うまく言えませんが、読むと心がひりひり焼け付く感じがします。
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短編集。一気に読んだ。 トム・ジョーンズのエッセイを読んで、作者に興味を持って読んでみた。 エッセイ同様鋭く切れ味のある、しかも毒の混じった能弁さで話が進んでいく。 主人公は皆どこかしらか壊れている。肉体的に、または精神的に。あるいはその両方とも。でも暗い印象を受ける話は一...
短編集。一気に読んだ。 トム・ジョーンズのエッセイを読んで、作者に興味を持って読んでみた。 エッセイ同様鋭く切れ味のある、しかも毒の混じった能弁さで話が進んでいく。 主人公は皆どこかしらか壊れている。肉体的に、または精神的に。あるいはその両方とも。でも暗い印象を受ける話は一つもなかったと思う。 主人公は皆著者の分身のように感じられる。 トム・ジョーンズはアマチュアボクサー(戦歴150戦以上)からコピーライター(バンバン儲かった)になり、辞めてヨーロッパに滞在し、学校の用務員に就職。その間本をせっせと読み、「これだったらオレにも書ける」と思って50歳近くなってから作家になったという変なアメリカ人です。 ある編集者曰く「彼は優れた作家だけど、ナッツ(異常者)だ」とのこと。 読んでいて本当に楽しい作品。自分は学校の授業中に半分くらい読んだけど、一人でニヤニヤしてしまったと思う。 読んで後悔はしません。お勧めです。
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