銃、ときどき音楽 の商品レビュー
”最初に会ったときにおれがいったとおり、きみは新しい親友を金で買ったわけじゃないんだ。おれはきみのために働くが、きみはおれのボスじゃない。おれのほうがきみよりもこの手順にくわしいからだ。もしおれの話が不愉快なら、そうだな、友愛会の地方支部へはいれ。もう入会金を払ったんだしな。おれ...
”最初に会ったときにおれがいったとおり、きみは新しい親友を金で買ったわけじゃないんだ。おれはきみのために働くが、きみはおれのボスじゃない。おれのほうがきみよりもこの手順にくわしいからだ。もしおれの話が不愉快なら、そうだな、友愛会の地方支部へはいれ。もう入会金を払ったんだしな。おれはとっくにさとった──みんなが他人から隠してる秘密だけではなく、みんなが自分自身からも隠している秘密をあばきたてるのが、おれの仕事なんだ。 ──p.59 ” 強烈に魅了された。独特の世界観が横溢している。ユーモアのある『ブレードランナー』/『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』といったところだろうか。それとも『城』や『審判』の状況だろうか。どちらにしてもそのユーモラスな手続きは、悲観的な未来設定をいっそう際立たせる。 卑しい近未来都市サンフランシスコ。相変わらず事件屋稼業/ハードボイルドをやっているタフガイの物語──ミクロな権力関係のネットワークからクールに逸脱していることが、彼の誇りであり高貴さである。 何よりそのSF的な設定が興味深い。ざっと紹介すると… ●高度な管理体制が確立され、市民は「カルマ」と呼ばれるカードのポイントによってその人間の価値が決定される。 ●そのポイントの増減は検問官と呼ばれる警察機構によって左右される。 ●そしてそのポイントがゼロになると「カルマ破産者」として「冷凍処理」される。 ●「進化療法」によって動物が人間並みの知能を持ち、人間と同じように暮らしている。 ●同じく「進化療法」によって大人並みの知能を持つ赤ん坊=ベイビーヘッドが大人のように生活している。 ●市民は様々なドラッグによって、感覚や情動をコントロールしている/されている。 ●主人公で探偵のコンラッド・メトカーフは、かつてガールフレンドと「性(セックス)のスワップ」を行い、二人して女性性⇔男性性を楽しんだのだが、復元手術をする前にガールフレンドが雲隠れしてしまい、現在彼は「非男性」、つまり欲望は男性的であるものの性感は女性のまま、という状態。 さらに、他人に「質問」することは不作法である、という探偵泣かせの「常識」がまかり通っている社会において、メトカーフの仕事は二重三重に困難を極める。 しかしその設定を除けば、展開はハードボイルド小説そのものであって、定説どおり依頼人からの仕事を請け負い、そこから主人公メトカーフは複雑な事件に巻き込まれていく。しかもラストでは、本格並みの推理が展開され、意外な真実が明かになる──正直、「謎解き」が用意されていたこと自体に意表を付かれた。 また、フィリップ・マーロウばりのへらず口を叩くメトカーフもさることながら、カンガルーのチンピラや老探偵──しかし彼はチンパンジー──との交流、さらには赤ん坊専用のバーへの潜入など、シュールでブラックなエピソードが抜群に楽しかった。この作者は独特の感性の持ち主に違いない。
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