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命の船 の商品レビュー

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2022/11/05

月並みな言い方だけど、1995年の作品とは到底思えない。凄い本を発見してしまった。 「同性愛」「エイズ」のワードから1991年に死去したフレディ・マーキュリーをまず連想するので、刊行当時のテーマとしてはさほど目新しくないのかもしれない。でも罹患者側の気持ちは今よりずっとひた隠し...

月並みな言い方だけど、1995年の作品とは到底思えない。凄い本を発見してしまった。 「同性愛」「エイズ」のワードから1991年に死去したフレディ・マーキュリーをまず連想するので、刊行当時のテーマとしてはさほど目新しくないのかもしれない。でも罹患者側の気持ちは今よりずっとひた隠しにされてきたと思う。実際主人公(著者)以外の登場人物(=世間一般)らも病に対して「嫌悪感」「冷淡さ」そして「無知」を抱いていた。 「この船に乗って、自らを世間から隔離する。それは世界を発見するためでありーひとりの人間にたいする愛に終止符をうち、命への愛をまっとうするためである」 エイズにより29歳でこの世を去った著者が遺した航海日記。恋人Eに去られた著者が仏ルアーブルから西インド行きの貨客船に同船、ルアーブルに戻るまでの26日間の記録である。特別なことをするでもない。「一種の傷心旅行か?」と勘違いしかけたが、彼は決して「過去をことごとく消し去りたいと思っているわけではな」かった。 道中もエイズの症状に苛まれており、書くことでようやく生気を保っているように伺える。内容としては彼の死生観が大半を占めており、後は乗組員との交流や立ち寄った街での出来事が事細かに綴られている。 その中には病の元凶であるEへの呪詛もしたためられており、一時はカトリックの司祭を目指していた彼にも人間らしい一面(「あなたを許す」なんて一言も言わないところとか)があったのだと何だか安心した。 「できれば天国にも海があってほしい」 これまで一切見向きもしなかった自然界の美しさに身を預け、過去は消し去りたいどころかズンズン振り返っていく。そうした著者の心境が、精緻を極めた筆に乗ってこちらの心に届く。その感触が何とも心地良かった。 運命共同体の相手をEからエイズにシフトチェンジしたのには一瞬唖然とした。(「ぼくの愛しいエイズよ。おまえはすくなくとも、ぼくが死ぬまでずっと裏切ることはないだろう」) しかし病であろうと、この先の余生に関わる森羅万象を目一杯受け入れようとする彼の決意は、同時に死をも前向きに受け入れていたのだとやがて気付くことになる。 どのウェブストアの在庫もごく僅か或いは取扱不可で、今回も図書館の書庫に辛うじて保管されていた。 何故今まで彼の存在すら聞いたことがなかったのか。彼のメッセージは刊行当時の読者にはキャパオーバーだったのだろうか。まさかそっとひた隠しにされている? だとしたら、これを一闘病記とみなすのは非常にもったいない。

Posted byブクログ