健康売ります の商品レビュー
17世紀から19世紀前半のイギリスで、いかさま医療が発生して隆盛するメカニズムを描く一冊。現代にも通じる内容。 本書における「ニセ医者」は正規の資格の有無では区別されない。もちろん無資格医師もいるが、正規の医学教育を受けながら「標準治療」的なものを逸脱した者も含まれる。 中世的...
17世紀から19世紀前半のイギリスで、いかさま医療が発生して隆盛するメカニズムを描く一冊。現代にも通じる内容。 本書における「ニセ医者」は正規の資格の有無では区別されない。もちろん無資格医師もいるが、正規の医学教育を受けながら「標準治療」的なものを逸脱した者も含まれる。 中世的な魔術信仰が薄れたとはいえ、多くの病において確実な治療法や予防薬がなく「標準治療」の信頼度がないことが多くのニセ医者を生み出す背景となったという。正真正銘のインチキもあったし、医学界主流派が手を出さない新しい診断技術(たとえば検眼鏡)を使うことも、いかさま呼ばわりされるリスクがあったと。 正統医学がその優位性を明確にしないとニセ医者が跋扈する。それに対して「偽物」「無資格」を指摘して糾弾しても、単なる既得権益者の保身としか見られず、ニセ医者には一定数の「信者」がつくことになる。 前近代において信者がつくのは宗教の専売特許だった。しかし、イギリスではカトリックの影響力が弱かったことで、異論の口を封じることに関して宗教の力が働きにくかった。「何が正統科学か」の解釈次第ではニセ医者が許容される余地が大きかったということのようだ。 あとは、「科学の時代」だからであろうか。その頃のイギリスは自己責任の気風が強かったのだという。患者が自分で病気のことを調べて適切な医療を選択すべし、というような。そうやって自分で調べるのであれば、宣伝の上手なニセ医者を信奉する人が増えるのも自然な結果なのであろう。 当然のことながら、この時代におけるマスメディアの発達ということも背景にある。主に印刷技術であろう。 ニセ医者が主なターゲットにするものも時代によって変遷したといい、壊血病(といっても、現代の定義とは異なり広範な病気を壊血病と称していたという)、性病(淋病や梅毒の治療はもちろん、性欲に関わる強壮剤、美容薬まで)、心気症といったものであった。 性病などは時代背景とマスメディア・通信技術の発達が大いに資するのだろう(匿名で秘密裏に商品を販売できる)。 細かく書かないが、「ニセ医者」たちのさまざまなエピソードも描かれており、それも興味深い。ジョン・テイラーとかが、ニセ医者界のビッグネームなの? ちなみに、ニセ医者たちが自分を権威づけるために引き合いに出すのが「高地ドイツの医者」であるのも面白い。当時のイギリスにとって高地ドイツのイメージがそういうものだったのですね。もっといえばハプスブルク家とかなのかもしれない。
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